ハッとしてウー!
「ゴキッ!!」…、鈍い音と共に激痛が脳天まで一瞬に響き渡った。 体は硬直し、手の平からスプーンが転げ落ちる。「カラーン!」落ちたスプーンと皿がぶつかった金属音は当分忘れる事は無いだろう…。
『クラッツ』というお菓子が好きだ。 なんでも、「ビール類ユーザーの90%が “ビールが進む” と評価」(販売元の江崎グリコ調べ)とか。 ビール者の私も激しく同意! 初めて使わせて貰うがハゲドウ(うわ、言うてもた)である。 家飲みではいつでも用意できる様に買い溜めしている。 あらかじめ分かっている屋外飲みの時は、買い溜めした “コイツ” をカバンに忍ばせ、♪ランラランと家を出るのである。 ましてや、初めて入ったバーやスナックで付きだし(チャームというのか?)に “コイツ” が柿ピーやらチョコレートやらハッピーターンやらに紛れ込んで居たら興奮してしまうし、それだけでその店が好きになってしまう。
何せ、味が濃い。 しかし、その濃さが丁度良くビールも進む。 違うお菓子を食べて「このお菓子もうちょっと味濃くても、良くね?(うわ、言うてもた)」という時のほんのちょっとの物足りない味の濃さを補う絶妙な濃さの濃さなのである。 これ以上濃くしても良いっちゃ良い。 旨いだろう。 でもね…、”コイツ” にはそのままでいて欲しい。 初めて出会ったその時の、そのままの君を好きになったんだ! そのままの君が好きだからっ…!
ある日、閃いた。 この味の濃さを利用してヤキメシを作ったら旨いのではないか? と。 調味料にするのである。 感じ出したら動き出せ! 袋の上からトンカチで袋が破れない程度にコツコツと叩き続ける。 とにかくこのクラッツというのは硬い。 なので慎重にコツコツ叩く。 10分程であろうか? 袋上から触り、ある程度の粉状になったのを確認した。
「クラッツ味のヤキメシか…。」思わず呟いてしまった。
いざ、調理開始! まずは台所に立ちイメージクッキングだ。 手順は通常通りのヤキメシの作り方で、仕上げに粉状になったクラッツひと袋をドバっとかけて炒めに炒め尽くす。 うむ…、間違い無いだろう。
「クラッツ味のヤキメシか…。」台所で一人、また呟いてしまった。
果たして、完成である。 期待に胸を膨らませ一口目を頬張る。「ん? 違うぞ…。」出来上がったばかりのクラッツ味のヤキメシからは静かに湯気が立ち上っている。 いや、そんな筈ではと二口目を頬張る。「おい、違うじゃないか…!」額から流れる汗もそのままに考えた。 いくらクラッツの味が濃いと言っても普通に食べれる範囲の味の濃さだ。 という事は分量を間違えたのか…!? といっても普通のスナック菓子より量は少ないものの、調味料にしてはまぁまぁの量になる。 これ以上増やすとヤキメシ特有のパラパラ感も失くなるし得策ではないだろう…。 ハッ、そうか! ここで察した。 ふりかけご飯の様に出来上がったヤキメシの上にクラッツの粉をふりかければ良かったのだ。 そう、ただそれだけ、それだけで良かったのだ…!
痛恨のミスである。
それからは消化試合、無気力相撲の様にヤキメシを食べ続けた。 もちろん無表情で、だ。 やっつけ仕事の様でもある。 己のミスでありながらも不貞腐れている。 急に何の味も感じなくなってしまった。 早くカタを付けようと食べるスピードも早くなり出したその時、その時である!
「ゴキッ!!」
前歯に激痛が走った。
私の前歯3本は差し歯だ。 歯医者からも状態が悪いので気をつける様に言われている。 故に普段硬いものを食べる時は前歯で噛まない様、徹底もしている。 しかし、今食べているヤキメシみたいなものは特に注意せず、何も疑わず食べる癖がついてもいたのだ…! でも何故だ!? 硬いものは入ってない、ただのヤキメシではないか!? あまりの激痛に一瞬体が硬直し、手から落ちたスプーン…。 そのスプーンを拾い上げ、残りのヤキメシを掻き分けた。
おっ…、おおっ…、お前かっ…!
そこには砕かれ粉々になってる筈のクラッツが、原型そのままの形で居るではないか…! そう、砕き損じがあったのである。 早く作りたい、早く食べたいという欲求が上回った結果、注意も散漫になっていたのであろう。 クラッツを完全粉砕できていなかったのである。 あの硬いクラッツを…! まさかの惨劇だ。 おまけにヤキメシの味もたいした事ないと来た。 くっ…、くそう!!
翌日、歯医者へ行くと差し歯の芯(差し歯をつける為に削った自歯)が折れていた。 それも2本。 歯医者曰く、この2本を完全に抜き取って部分入れ歯にするしかないと言う…。
まさかの部分入れ歯宣告を受けた、2021夏。
「部分入れ歯」か…、嫌な響きだ。
ハァ〜〜〜〜〜ッ…。
*ハリウッドスマイル