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CULTURE

セックス!スパイス!!ロックンロール!!!(第1話)

CULTURE, LIFE STYLE

第1話「如何なる教典にも記されず、僕は神戸の夜に2度生まれた」

「あ、カントク。おつかれスー。はい、おしぼり。ビールっスか?」
「おつ、おつー! あ、ありがと。せやなー。残波水(割)にしょうかな」
「はい、残水ー。灰皿置いとくっスねー」
「ありがとー。はぁーつっかれたー」
「カントク、おつかれー」
「おつかれスー。こないだブックオフで良さげなレコードあって誰か知らんけど買うたんスよ。後で調べたら元ナパーム・デスのドラムで。めちゃええのディグりましたわ!」
「へー。カントク、好きそうやなー」
「そなんスよー。あ、おつかれー。あれ? 今日、一人なん? ほな、となり座りよしー。いや、座って! お願い!!」
「おつかれー。いや、ツレ来るから。カントクの横、うるさいしいやや」
「つれないねー。次は僕とおデートしてやー。あ、ほんでね。タンテ余っとう人とかおらんスかね? タンテ。マジで欲しいけど金ないス! 金が貯まる気配が、ない!!」

毎夜、仕事終わりにいきつけの呑み屋に寄って2、3杯ひっかけてから自宅へ帰る。それが僕のルーティーン。音楽の話や女の子の話、大半は他愛もない薄っぺらい馬鹿話をしながら、気のおけない仲間たちと酒を酌み交わす。たくさん笑って気分も良くなり、心が穏やかになる。その日その店に、かわいこちゃんがいたら、なおラッキー。酒に溺れるこの時間が、僕のチルタイム。

もちろん、「カントク」は本名ではない。「カントク」というあだ名をつけてくれたのは三ノ宮のとあるバー「CISCO DINER」にいた、おにぃだ。
僕は離婚を機に神戸へ出戻って来た。約10年ぶりの地元は知り合いも少なく、新しい呑み屋を探すアテがない。店構えの雰囲気が良いので、ふらっと入ったCISCO DINER。僕はそこで「カントク」になった。

「何で、カントクいうんスか?」
「え、知らんの? 何の監督やったと思う?」

それからというもの、この会話は三ノ宮の夜にもう何億回もコスられてきた。
前口上にも等しいこのやり取りは幾度となく繰り返され、僕が口を開かずとも誰かが「何の監督やったと思う?」を始める。とにかく、「カントク」はその場に居合わせた酒飲みたちを、ひとときだけ楽しませることができる。

「カントク」は、大都会東京でもかなり希少な存在だろう。大阪ならまだしも神戸で僕のような人間に出会える機会などほとんどないと思う。
ウィキペディアによると、勤めていた業界に会社は約85社。僕が知っていて掲載されていない会社もあるから、少なく見積もって100社ほど。会社の大小はあるが平たくすれば同じ様な立場の人が一社当たり10人いる。つまり、100社×10名=1000人が同業者。そして、現在の日本の人口が1億2557万人。1000人で割ると12万分の1の確率。つまり僕は、12万人にひとりの存在なのだ。
ちなみに、宝くじで100万円が当たる確率が約10万分の1。つまり僕と出会うことは、100万円を手にしたようなものだ。

みんな「カントク」と呼ばれている僕に疑問を持ち、話しかけてくれる。地元とはいえ、呑み屋界隈でまだまだ新参者の僕はおかげで新しい友だちがたくさんできるようになった。すれ違う人が「カントク!」と声をかけてくれるようにまでなっている。とても、うれしい。

「カントク! おつかれ! なに呑む? まっちゃん、この人昔、AV監督やっとってんて」
「AV監督スか? マジで、やばー」

そう、僕は元「AV監督」なのである。

 

編集:白川 烈