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閑話休題 ① 我が渾身の消しゴム版画

CULTURE, LIFE STYLE

クリスマスソングが街に流れる頃になると、そろそろ取り掛からねば、と思う。毎年、今年こそは早めに、と心に念じる。

そう、年賀状作成の季節である。

近年、廃すべき虚礼の筆頭として、年賀状を省略する人が増えているが、その時代の潮流に抗う形で、年賀状版画推進委員会を標榜する私はこの時期になると密かに気合いを入れる。

私が子どもの頃は、年賀状といえば版画が代表格であったように思う。父も毎年木版やゴム版を彫っていたし、学校の図工の時間にも版画作りをした。家に届く年賀状も力作が多く、手の込んだ多色刷りもよく見かけた。

プリントごっこに始まり、ワープロを経て、パソコンとプリンタが各家庭に普及、わざわざ版画を彫らなくても、パソコンの画面上で好きな画像を組み合わせ、カラフルで気の利いた年賀状を簡単に印刷できるようになった。

文房具店の版画用品コーナーは年々縮小の一歩を辿り、版画の同好の志は風前の灯である。

おそらく最初の作品、「ニワトリ(芋版)」

私の最初の版画は、今ではすっかり見なくなった懐かしの芋版である。酉年の年賀状が残っているので、9歳、小学校3年の頃か。

その後はしばらくゴム版画の時代が続く。彫刻刀とバレンが活躍した。

ゴム版画時代の作品。「十牛図-騎牛帰家」

ゴム版画時代の作品。「山月記」

ゴム版画時代の作品。「悟空、桃を盗む」

版画界(鳴尾の中の)に革命が起こったのはミレニアムも無事に過ぎた2000年代半ば。

消しゴム版画の登場である。

制作手順が記載された図案集が発売され、はん消し(版画用消しゴム)と小ぶりで美しい色のスタンプパッドが店頭に並んだ。

手にする刃は彫刻刀からカッターに変わった。

「自画像」のつもり。①

「自画像」のつもり。②

はん消しに少し慣れた頃、茶屋町のロフトの1階で開催された消し版作家展に出向いた私は衝撃を受けた。

消しゴム版画とはここまでできるものなのか、と。

消しゴム版画は、それまでのゴム版画に比べ、刃が受ける抵抗が圧倒的に少ない。少しの力でするすると彫れてしまう。

また、葉書大の平たい板状のゴムに比べて、1センチほどの厚みがあり、自由な形に小さく切り取ってハンコが作れる消しゴムは、机の上ではなく顔の前に持ち上げてくるくる回しながら彫ることができ、カッターの薄い刃先による細かな表現が可能である。

私は夢中になり、年賀状以外の作品も作るようになった。

消しゴム版画作品。「孫悟空 on 筋斗雲」

ある年の月謝袋。パーツが多すぎて押すのに時間がかかり、結局途中から枠線だけになった。

爾来、私の年末年始は毎年なかなかに余裕がない。性格上、12月25日までに私が年賀状を投函できたことは、紀元始まって以来一度もない。

年越し蕎麦を休憩に挟みつつ図案を練り、大して大掃除もできていない部屋にさらに細かいカスを撒き散らしながら消しゴムを彫り、除夜の鐘を聞きながら200枚ほどの年賀状に力を込めてスタンプを押しまくる。

下絵。

道具。

疲労困憊で迎える元旦は、筆まめのデータをチェックしつつ宛名を印刷(そこは手書きではない。笑)、郵便屋さんが回収してくれるうちに投函することを目指すが叶わぬことも多い。

こちらが出し損ねた人から来た分は返信がさらに遅れ、松の内、当選番号発表までに届けばOKという謎ルールで自分を安心させ、それでも遅れた分は、春節祭を目指して送ればいいや、と自分を励ます。

そこまでしても出せればいい方で、版画を試し刷りした時点、または年賀状にハンコを押し切った時点で力尽き、出し損ねて不義理をしてしまう年も少なくない。

消しゴム版画作品。「対牛弾琴」

消しゴム版画作品。セロ弾きのゴーシュ」

消しゴム版画作品。「鶏鳴」

書きながら、「なぜここまでして」という疑問が頭をよぎりそうになるが、そこは敢えてねじ伏せ、私はきっと今年も刃を振るう。

おそらく一緒に届く上下の郵便物に色移りしたりして迷惑をかけながらも、手に取った人が「今年もがんばったな」とニヤリとしてくれるに違いないと想像しながら彫る。

とはいえ、コロナ禍で生活が見直され、あらゆる方面で縮小を余儀なくされる昨今の流れである。年賀状もあまり盛大に送りつけられては困る向きもあるだろう。

作った版画をパソコンに取り込み、メールで送る程度にした方が負担にならずに済むかもしれない。賀状を送って下さった人にだけ、実物をお送りするようにしようか…こんな気遣いはしつつ、やはり今年もまだ図案すら決めかねている。鬼も呆れて笑ってすらくれそうにない。

しかし今年もめげずに一刀一刀に願いを込めて、来年の干支を彫ろう。

常ならざる一年を緊張しながら生き抜いた皆の心が寛げる年に、来年はなりますように。

辰年、「九龍壁」。細かすぎてさすがにしんどかった。