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お酒をよりおいしくいただくために / 道楽がつくった阪神間文化 ③

ART, CULTURE

神戸酒心館ホール

前回ふれた舞踊と音楽の不思議なコラボレーションの会場は、福寿という酒造会社が運営しているものだ。

何ものかを哭く鬼たち — 舞打楽暦『五鬼の賦』から

福寿と言えば、徳川吉宗が没した1751年に創業した由緒ある蔵で、最近ではノーベル賞のレセプションで使われていることで有名だ。

阪神・淡路大震災では、江戸時代に建てられた木造の美しい壱号蔵が全壊。

再建にあたり、「酒造りをするだけの場としてでなく、お客様にお越しいただけるような魅力ある場にしたいという方針」を決め、「本社敷地内にあった木造の貯蔵蔵も大きな被害を受けましたが、何としても遺したいという蔵元の強い希望もあり、酒蔵ホールとして再出発しました」、それが現在の神戸酒心館ホールなのだ。

福寿の酒蔵について~これまでの歩み~

酒心館ホールは、2000年にはメセナ大賞(地域賞)を受賞している。

メセナmécénat は、フランス語で「文化の擁護」を行なったギリシャ時代の行政官の名前にちなんだ語で、現在では企業による芸術文化支援を意味している。

CSR(企業の社会的責任)の一環として位置づけられているようだが、企業の経済活動は、周辺住民や関係する人々に支えられなければ成立しない、という認識から、多くの企業が様々な形で文化芸術に支出を割いている。

国の文化芸術関係予算が1000億円程度であるのに対し、企業がメセナで支出している額は200億円程度と言われている。これが多いのか少ないのか(国が少ないというのは定説だが)、意外に多いと思われる方が多いのではないだろうか。

神戸酒心館ホール

住所 〒658-0044
神戸市東灘区御影塚町1-8-17
TEL 078-841-1121
ホームページ https://www.shushinkan.co.jp/hall/

*イベント情報はホームページでご確認ください。

それにしても阪神間は、酒造会社のホール、美術館が多い。

このような文化芸術への情熱、思いは、いったいどこから出てきているのだろうか。

白鶴美術館

ある日、白鶴美術館に行った。

阪神御影駅やJR住吉駅から市バスが出ている。ちょっと中途半端なので、ぼくは歩いていく。住吉川をひたすら遡れば、着く。

その途中に小説家・谷崎潤一郎の旧居・倚松庵(いしょうあん)がある。

関東大震災で東京を逃れた谷崎が、京都から阪神間に移ってきて、7年間ここに住み、『細雪』(ささめゆき)などを書いたそうだ。

1938年には阪神大水害に遭っており、その様子が作品にも反映している。

ちょうどぼくが行ったのは、コロナ下でもあり、椅子には座るな、一階二階とも2分ずつ程度で観ろと、無愛想というのは案外文学の要件なのかもしれないなと、そそくさと追わるるごとく後にすることになったので、皆さんはぜひコロナが落ち着いてから訪ねてください。

倚松庵の庭から居間(応接間)を覗く

倚松庵
https://www.city.kobe.lg.jp/a31937/kanko/bunka/bunkashisetsu/ishoan/index.html

さて、白鶴美術館は、白鶴酒造七代の嘉納治兵衛が1934年に開館した私設美術館で、日本で二番目に古い美術館ともいわれている(最古は大倉集古館)。

中国や日本の古美術を中心に、国宝2件、重要文化財22件を所蔵している。

この嘉納治兵衛は、「世界的価値のあるコレクションを私蔵するのではなく、ひとりでも多くの方の目に触れてほしい」(同館ウェブから)という思いで、美術館を開いたという。

メセナの精神、企業による社会貢献の先駆けと言ってもいいかもしれない。

白鶴美術館の庭から本館展示棟(登録有形文化財)。中央の燈籠は東大寺大仏殿前の金銅八角燈籠の写し

この美術館がすばらしいのは、収蔵品のレベルももちろんだが、その建物と展示物の配置の妙にある。

80年以上の歳月を経た建物は、当時としては珍しい鉄骨鉄筋コンクリート造による純和風建築で、竹中工務店の鷲尾九郎という人が設計施工を行った。

中庭を右に見て長い渡り廊下を歩くと、二層の展示室に着く。美術館の展示室には珍しく、たくさんの窓が開け放たれ、外光が入ってくる。

展示室内では、大きなガラスケースの中に一つあるいは数点の展示品が収められている。

展示品の解説がいい。陶器に描かれた獅子や龍にまつ毛が描かれていることを嬉々として記していたり(金襴手獅子牡丹唐草文八角大壺など)、どこから眺めても必ず鯉が3匹見えると思うが他館には4匹見えるのもあってすごい(五彩魚藻文壺)と書きつけていたり、この学芸員さんのツボはすごい。

読みながらその解説文に誘われて展示品の周りをめぐり、細部に目を凝らすことになる。

余談だが、こうして本物の唐三彩などの細部をきっちりと見ておくと、まがい物をつかまされて、開運なんでも鑑定団で恥をかくこともなくなるだろうと思うのだが。

本館の南側回廊。窓が開けられている

ふと目を上げると、窓から外の景色が鮮やかに目に入ってくる。南に住吉川のゆるやかな蛇行、遠くの大阪湾、近くには庭園の紅葉。……ゆっくりと深呼吸したくなる。何百年、千数百年をタイムスリップしているようだ。……こんな美術館が他にあるだろうか。

嘉納治兵衛という人は、この深呼吸を独り占めするのはもったいないと思ったのではなかったか。喜びというものを、独り占めしたい人もいるだろうが、大ぜいで味わってこそ倍加すると思う人もいる。幸いなことに、彼は後者だったのだろう。そして阪神間にはそのような酒造家、起業家が多かったのだろう。

ぼくたちはそのおこぼれに与かっているわけだが、いや、ぼくたちが福寿や白鶴をおいしくいただくからこそ、酒心館ホールも白鶴美術館も輝いているんだ、と思っておこう。お酒がよりおいしくなる。

白鶴のパッケージは、今竹七郎氏のデザイン。氏は2000年に94歳で西宮で亡くなり、2020年に西宮市大谷記念美術館回顧展が開かれていた。写真は同展の展示から。

白鶴美術館

住所 〒658-0063
神戸市東灘区住吉山手6丁目1-1
TEL/FAX 078-851-6001
ホームページ http://www.hakutsuru-museum.org
開館期間 2020年秋季展は12月13日(日)まで
開館時間 午前10時
~午後4時30分
(但し、入館は午後4時まで)
休館日 毎週月曜日
月曜日が祝日と重なる場合は、翌平日となります。
入館料 大人/800円
65歳以上・大学・高校生/500円
中・小学生/250円
(大人・大学・高・中・小学生団体20名以上は2割引)