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アンパワーのピアニスト〜バンコク11月 / バンコク在住ギタリストの日常 ③

MUSIC, CULTURE, LIFE STYLE

アンパワーのピアニスト

7年ほど前のある日、俺はアンパワーのレストランでビールを片手に夕景を眺めていた。この時期は演奏活動を始めてまだ間もなかったので、バンコク在住の外国人コミュニティーの小さなイベントでよく弾いていた。ただただ女にチヤホヤされたいが為に、安易にヒット曲のコピーを演るイージーな連中が多くて正直うんざりしていた。頭の中では悪態ばかりついていたし、要するに少々腐ってたわけだ。俺は偏屈なので決まった曲を演奏しない。もらった時間、ひたすらギターを弾き続けるだけだ。弾いている本人すら知らない誰も知らない曲を演るわけで無茶な話だが、バンコクのお客さんたちは日本にいる時より反応が良かった。それはとてもうれしかったが、一緒に演奏したいと思えるミュージシャンがなかなか見つからなくて焦れていた。気分がすぐれないもんで、こんな時は自然に癒してもらうべきだな…とバンコクを逃げ出したわけだ。

アンパワーはこぢんまりした平和で美しい街だ。バンコクからミニバスで1時間半程度の距離で、週末に開かれる水上マーケットがとても有名だ。古民家を改造した店が立ち並んでいて、とても風情がある。明け方にゲストハウスの2階で目を覚まして窓を開けると、船で托鉢に向かうお坊さんがゆっくり通り過ぎていった。起き抜けのぼんやりした頭で「ちょっと焦りすぎてたのかもしれないなぁ…」と悪態ばっかりついていた自分を反省した。振り返ってベッドの上を見るとその頃付き合っていたナッターヤが平和な顔で寝ていた。

「なんとか生き延びてるわけだし、ひとりぼっちでもないし、仕事もあるしビザもあるし音楽も演れてる…ここに来たばかりの頃の先の見えない状況を思えば悪くないよな…」

夜明けの光景に溶け込んでいるお坊さんのオレンジ色の僧衣を目で追いながらそんなことを思っていた。

水上マーケットがあるのはメークローン川の支流で、本流に交わる河口部にはちょっと素敵なレストランがあった。料理もおいしいし景色も良いが、何よりも俺の心をがっちりつかんだのは、美しいピアノの音色だった。旅の初日にたまたま入った店だったがそのピアノを聞いたおかげで、ヤサグレ気味に飲んだくれていた俺は感動して一瞬にして気分が回復してしまった。

盲目の彼女は店のスタッフに手を引かれて古民家の部屋の中に設置された古いピアノの前に座ると、一息吸って柔らかいタッチでクラッシックやタイの音楽やタイポップスを次々に演奏した。特別なことは何もない。ただただ彼女はピアノを弾き、淡々と歌った。打算のない純粋な音楽に引き込まれた。佇まいも音も景色に溶け込んでいて、ゆるやかに時間が紡がれていく。調律が甘いのか少し調子が外れたキーが揺らぎを作って、川面に揺れている街の明かりと酔いと同調してとても幻想的だった。

えらく感動して突然スーパーハイテンションになった俺は一緒にいたナッターヤに「すごく良い!とにかくピアノの音が綺麗!良い音楽に出会えてメッチャ嬉しいわ!!」と言ったが、彼女は手羽先の唐揚げに夢中で「はあふぉう。ほはっはね」ってな調子でまったく響かなかった。無念である。ともかく、この感動は伝えなくては…と演奏が終わった彼女に声をかけてチップを渡して丁寧にお礼を言った。彼女は俺が日本人でギター弾きだと伝えるとわざわざ日本の歌を歌ってくれた。

YUI CELLO
https://yuicello.bandcamp.com/music
https://www.facebook.com/YuiSaowakhon/

この旅の後、俺は落ち着きを取り戻した。焦らずただ良い音を出す為に日々を過ごそうと思ったのだ。それは演奏活動にも良い影響与えて、急に俺は様々なタイの素晴らしく個性的なアーティスト達と出会い始める。写真とリンクの映像のYUI CELLOさんはこの出来事のすぐ後に出演した”LIVE LOOP ASIA”というマニアックなイベントで出会って、今までにバンコクやミニツアーで行ったチェンマイ、チェンライでも共演した。彼女はとても個性的なアーティストでクラシックもアバンギャルドもポップスもやれる素晴らしい演奏者だ。彼女はタイのテレビ番組に出演するとSNSでその映像をあげるのでたまに気になるとチェックしている。

数年前のある日、パソコンで作業しながら彼女の参加しているバンドの映像をなんとなく流していたらイントロで鳥肌が立った。慌てて画面を見るとYUIさんの横にはあのピアニストが映ってた。ひとりで部屋で訳の分からないことを叫んだな。やっぱり良い音は伝わるんだ!!と興奮して夜中に走り出しそうなハイテンションである。とにかくビックリしたし、やたらと嬉しかった。彼女はPangさんという名前だった。

Pang Ubolwan Piakaew
https://www.facebook.com/pangubolwan
https://www.instagram.com/pang_ubolwan/

そしてまだ話は終わらないのである。

レストランで出会った約5年後、アートエキシビジョンで演奏した際にYUIさんとPangさんが来ていた。俺の演奏を彼女が聞いているという以前とは逆の立場だ。演奏中に彼女の姿に気付いた時、音楽やってると面白いことが起こるなぁと感慨深かった。YUIさんに正式に紹介してもらって5年前の話をして再びお礼を言った。上の写真でPangさんの横で珍しく嬉しそうな顔で写っているが、これはちょっと感動している顔である。テレビ出演で名前の売れた彼女は最近はバンコクでも演奏してるようだけど、俺はやっぱり彼女のホームタウンのアンパワーの川辺のレストランで、美しい自然の中で彼女の優しい音を聞きたいと思う。

バンコク11月

長く鬱陶しいタイの雨季が終わった。乾いた風が心地良い。旅行に最高のシーズンだ。数日前に船でチャオプラヤ川のサトーンピアからカオサンに向かった。流れる景色で気分がリセットされるので定期的に船に乗る。船着場から10分ほど歩くと”ボンベイブルース“という一軒家を改装した老舗インドレストランがある。ハイシーズンの金曜日の夜ともなると予約が必要な人気店も今はガラガラだ。とにかく街に人気がない。俺は先週の金曜の夕刻に友人とふたりで行ったが、ゆっくり飲んで食事をしてお勘定をするまで貸切状態だった。

食事を終えて軽く歩いた。通常は観光客やらヒッピーで溢れているカオサンの夜の街に洒落たタイの若者しかいない光景は寂しいが悪くはなかった。今まさに時が移ろっているのだなぁと思いながらLive barに入るとフェスで知り会ったギタリストが仕事に来ていた。

綺麗な店でキラキラしたお嬢さんがウィスパーボイスでヒット曲を歌っている。ヒッピー要素皆無。ひとしきり飲んで店を出ると隣の店で友人の若いベーシストが演奏をしていた。どちらもオリジナルを演るプロのロックミュージシャンでカオサンで演奏をするタイプではないもんでちょっとビックリした。

2020年もあと僅かだが大きな転機であることをあらゆる場面で感じる。

月末はナコンパトムという街で演奏する。
文中に出て来たYUIさんも出演するのでひさしぶりに会えるので楽しみだ。