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Back to square one / バンコク在住ギタリストの日常 ⑤

CULTURE, MUSIC, LIFE STYLE

クラスター発生ですべてがふり出しに戻る

バンコクの西隣のサムットサコン県で12月17日から19日の3日間に519人の新型コロナ陽性が確認された。 20日には県境を越える移動の制限や県内商業施設の営業停止などの措置が実施され、バンコクのカウントダウンのイベントは軒並みキャンセル。

前回の記事に書かせてもらったフェスティバル [ Moobaan Wonder ] も、3週目以降は無期限延期。 その後も感染者の増加は止まらず、1月のイベントはクリスマス前にほぼキャンセルになり、ラヨーン、チョンブリ、チャンタブリは ロックダウン に突入。 バンコクは1月2日から部分的なロックダウン状態となっている。

俺自身も、決まっていたライブが全てキャンセルになったもので年明けの予定は真っ白けである。 まさに出鼻を挫かれた感。 そんなわけで状況が急変したもので、第三波襲来の前に書いた原稿を破棄して書き直している次第だ。 地道に活動再開の準備を終えていたのでさすがに軽く凹んだ。

街並みに空き店舗が増え続けているが、個人経営の飲食店、商店、BAR や Club は第一波をなんとかサバイバルしてやっと営業再開して調子が上がってきたところで再度の営業規制・・・ということで金銭的な部分はもちろん、精神的なダメージもくらってキビシイ状況。 破綻するところがたくさん出てくるだろう。 闇営業の末に手入れをくらって実質警察に潰されてしまう店も出てきて、閑散とした街は昨年とは比べ物にならないくらい厳しい空気になりつつある。 比較的に治安の安定していたスクンビット界隈でもひったくり等の事件が発生しているし、空店舗が増えて街が暗くなったし、道端に寝ているホームレスの数も増えた。 いきなり仕事を止められても救済策はなにも出されていないわけで、今後は治安の悪化が心配だ。

2021年正月

元旦の昼過ぎに日本人の友人と一緒にドゥシット地区のチャオプラヤー河に面したレストランに併設されているゲストハウスに向かった。 他県に旅行に行くと県境が閉鎖される可能性もあったのでバンコク市内でメーナム(母なる川)のゆったりした雄大な流れを眺めつつ、な~んにもせずに三日間ひたすら飲んだくれてやろうと思っていたわけだ。

ゲストハウスは外国人のほぼ住んでいないローカルエリアにあってカオサンエリアまでトゥクトゥクで5分程度、トゥクトゥクのドライバーが住んでいるソイだったので、どこに行くにもアクセスはスムーズ。 ふたりともタイ語をしゃべるのでぼったくられることもなく、船着き場も近いのでボートでの移動も楽勝、部屋は清潔でベッドも広くバストイレも完璧。 エントランスにはウッドデッキがあってええ感じの木製のテーブルと椅子も揃っている。 他のお客さんがいなかったので全て貸し切り。 レストランも風情があって食事もうまい。 現状でのゲストハウスのチョイスという意味では完璧だった。

だがしかし、元旦になっていきなりタイ政府からさらなる規制が発表されてレストランでお酒を注文することができなくなってしまった。『あいたたた』って感じである。 とりあえずお酒の販売については通常通りだったので助かったが、もし酒類販売まで禁止されていたら、ゲストハウスを即キャンセルしてアパートに帰ってギターを弾き続けていただろう。

▲ Photo : Bamsha cafe 

プラン変更

昨年に続いて俺のプランは白紙になってしまったし、現状を冷静に考えるとまだまだ終わりは見えない。 意外とショックが大きくて頭を切り替えるのに少々時間がかかってしまったが、このままじりじりとしてると精神的にすり減るので、最低あと1年はライブ活動は不安定な状態が続くものとして、2021年中にバンコクに拠点を作るプランをスタートさせることにした。 具体的に言うとショップハウス(1階が店舗で上階が住居になっている家)をレンタルして友人とシェアハウスとして住居と制作環境、そして店舗スペースを時間に追われることなくゆったり整備するという計画だ。 店をやるかアトリエとして使うかはまだふわっとしているが、アパートの1室であと1年引き籠って過ごすよりは健全だろう。 既に物件のチェックを始めたが、ゆっくりと進めるので進展はぼちぼち記事に書いていく予定。

KOTA TAKI at Moobaan Wonder 2020

FOOL’S PARADE

連載も5回目になって今さら自己紹介ってのもおかしな話ではありますが、どんな音楽活動を行っているのか説明しないと、この後の内容が解かりにくいので少しだけ説明を・・・ということで基本的な部分を書いていきます。

バンコクでの最近のアーティスト表記はこんな感じ。

KOTA TAKI a.k.a. amatuti dub drawing space
– electric guitar improviser –

上記の通り《即興演奏者》としてタイのライブシーンで活動しています。それでは即興演奏とはどんな音楽か・・・と調べてみると・・・

即興演奏・・・楽譜よらずその場で楽曲を創作したり主題を発展させたりしながら演奏すること。

簡単に説明すると《その場で音楽を作って演奏する》ということですが、基本アカデミックな方の多いフリージャズ系統の皆さんとは違って、私の場合は我侭気儘出たとこ勝負やりたい放題という大人気ない感じです。 ソロ活動を始めた時の基本コンセプトが《子供の落書き》だったので仕方がありません。 楽曲を踏まえて即興演奏を演るジャズやブルースとも少し違う完全即興というジャンルですが、これはエンターテインメント(音楽ビジネス)には完全に背を向けた非商業的音楽で、毎回違うことをやるし、何をやるのかは始まってみるまでわからないし、踊れるわけでもないし、共感を呼ぶ歌もない、無い無い尽くしで商品としての安定性は皆無でビジネスには全く向いていません。『音楽で身を立てる』とか『安定した収入を得る』という意味では完全にアウトなジャンルです。 もちろん長きにわたって弾き続けていますし、みなさんに楽しんでもらおうとも思っているので、無茶苦茶な演奏ということはないのですが、ループマシンという録音できるペダルを複数台使って長いときは数時間引き続けたりする通常のギタリストとは少々違うスタイルです。

ちょっと書きにくいのでこの後はいつもの調子で。

少し話が飛ぶが、日本のミュージシャンのプロフィールはダラダラと長過ぎると日本を出てから知った。 もしバンコクでライブのブッキングをとるなら、クールな写真と名前と短い経歴(英文)、そして実績を記したシンプルなものを用意する方が良い。

さておき、一応メジャーデビューして商業音楽にも関わったことがあり、浅い知識とはいえ業界の仕組みもわかった上で《商業フェスのステージでソロの即興演奏をやる》ってのを目標のひとつに定めた20年前の俺の無垢さは、今の俺にとっては『なんて青いんだろう・・・』と少し眩しい。『だいぶ汚れっちまったなぁ』という感じだ。 そういう意味ではこの前フェスのステージでのソロセットは長年積み上げて目的の場所にたどり着いた記念すべき瞬間であったが、終わってみれば次回は何を弾いてやろうかとか爆音フィードバックやりゃよかったなぁとか見た目があまりに地味すぎるから小林幸子みたいな巨大衣装がいるよなぁとか次へのアイデアがぐるぐるしているばかりであまり感動はなかった。 要するにまだ満足していないわけだ。 無謀且つ不毛なチャレンジはまだまだ続くのである。

どう考えても金にならなそうな音楽をやり続けている絶滅寸前の前時代的ミュージシャンであり、外国人であり、ソロアーティストである俺は、この街のオーガナイザーやミュージシャン達には《 変わり種 》過ぎて憶えてもらいやすいらしく、ライブの依頼は相変わらず途切れず届いている。 何が功を奏するかはわからないものである。

Rendezvous at Bar 12×12 flier

実際、バンコクでよく一緒に演奏をするミュージシャンの友人たちもサイドプロジェクトとして即興や実験音楽を演っていて、生活の為にはロックやポップス等々の売り物の音楽だったり別に食い扶持をしっかり持っている。 エクスペリメンタルギターデュオの相方でタイの著名なギタリスト GOLF T-BONE と話している時に『金が出ていくばかりでいっさい儲からんねんけど(笑)』と冗談半分に言ったら『KOTA、実験音楽で食える奴はほとんどいないよ・・・』と真面目に切々と諭された。 彼はタイで1番有名なスカバンド T-BONE を長年運営しているし、シラパコーン大学のジャズインストラクターで弟子がたくさんいて、ミュージシャンとして生きる為のビジネスモデルのセミナー講師をするようなスマートな人物なので、年齢が近いのに社会性に欠ける俺をどうやら本気で心配している節がある。 ものすごく良い人なのだ。『ゴルフさん、心配してくれてありがとう。 でも大丈夫だよ。 俺はもうおじさんだから世間のことはわかってるよ・・・わかった上で昼間仕事をしながらじっくりやってるんだよ。 デレク・ベイリー もずっと働いてたって聞いたしね・・・』と、ギター即興演奏の開祖の名前を引っ張り出して妙な言い訳をする羽目になった。 ただ、個人的には俺の音楽は万人向けのポップスだと思っているし、長年友人たちにはそう言い続けている。 毎回苦笑されるが・・・。 周囲の持っているイメージとかなり差異があるのは大変遺憾ではあるが、イメージは周囲が勝手に決めるものなので甘んじて受け入れるしかないのである。

Pok (Stylish Nonsense) at Bar Smalls Bangkok

数々のイベントをオーガナイズしてシーンを牽引してきたバンコクアンダーグラウンドの王子様こと Pok (Stylish Nonsense)。 彼とはつい先日ナコンパトムのマーケットイベントで会った時に『しばらく実験音楽のイベントを組んでいないもので《情熱を失ったのか?》と友達に言われたんだけど、ぜんぜん違うんだよ。 俺は相変わらず情熱を持っているけど、実験音楽にぶっこむ金が今は無いだけなんだよ(笑)実験音楽の活動は常にマイナスだからねぇ』というような話をしたばかりだ。

Stylish Nonsense

基本的にお客さんが関係ないエンタメ要素ゼロの音楽なので、それが好きな人しかライブに来ないし緊張感を強いたり不快な音を出したりするような面倒な性格をしているアーティストも多いので、俺は実験音楽のイベントだけはオーガナイズしたくない・・・と思ってしまうが、人当たりが柔らかく好奇心の強い彼は常に楽しそうにアーティスト達と向き合っている。 人徳だな。 偏狭かつ怠惰な俺としては尊敬しかない。 ここ2年ほどは実験音楽やノイズ等のジャンルを継続して扱う若手オーガナイザーがやっと現れたが、それ以前は大げさな話ではなく、世界中から来る先鋭的なアーティスト達との共演を Stylish Nonsense のふたりがほぼ一手に引き受けていた。 相方の JUNE さんは演奏以外はほぼ何もしないので、Pok がひとりで駆けずり回っていて大変そうではあったが、彼自身が大概ぶっ飛んだアーティスト気質なのでオーガナイズしたイベント自体が彼の作品のようで常にカオスでユニークで面白かった。 5年ほど前から本格的に俺もローカルアーティスト側の一員として色々なイベントやセッションに参加しているが、もし彼等に出会うことが無ければ、もし俺が声をかけなければ、もし気が合わなければ・・・とにかく幸運にただただ感謝するしかない。

June (Stylish Nonsense) + Kota Taki at Rimpha Music Festival 2019

前段に書いたようにスケジュールが真っ白になってうだうだと考え事をしながら引き籠っていたら、Pokと若いミュージシャンたちから新しく演奏できる場所を作ったので毎週即興セッションの配信を始めたからKOTAも参加してくれないかとメッセージが届いた。 ネット配信用に演奏するのはあまり好きではないが、セッションであれば友人たちと生身でやりあえるので楽しい。 いつも前進の切っ掛けを作ってくれる友人たちに感謝を。

RAM10
https://www.facebook.com/ram10bkk/
▲ 若手の実験ミュージシャンたちとPokが最近始めたアートスペース「RAM10」のFBページ。3/14に演奏する予定。

・・・

“If you listen to whatever as music, it is music.”  – John Cage.
~音楽として聴けば、全ては音楽になる~

 

今回は以上。