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UK JAZZ DANCEの成り立ち

MUSIC, CULTURE

初めまして、関西ジャズステッパーズというJAZZ・MUSICと所縁のある音で踊り、空間を演出する集団のリーダーYUKIと申します。私の方からはダンサーである自身の経験や知識、そしてそれに付随して音楽、ファッション、文化、時には時事問題などを取り上げたいと思います。そして今後におきましては関西ジャズステッパーズのメンバーや所縁のある方々にも登場してもらいながら進めさせていただきますので宜しくお願いします。

今回は第1回目ということで・・・

表題のUK JAZZ DANCEの成り立ちについてお話させて頂きますが、その前に私の事と私のUK JAZZ DANCEとの出会いをお話します。私は生まれが1966年尼崎(記憶にないのです)の幼少の頃は神戸の新開地界隈で育った典型的な「巷の子」で小学6年から高校生まで垂水に移り住み、その後現在まで大阪で根を張って生きています。まあこの垂水での小学6年の時にできたある友人がいまして、まるで横溝正史の映画に出てくる古屋敷(庭もシャレにならない位に広くカクレンボをやった時にマジで敷地内であるのに道に迷いまいた!)に住んでいるヤツでした。部屋の数も相当でその部屋の1つにドラムセットがありJAZZのレコードを掛けながらそいつは叩いていました。JAZZが何たるかなんて到底知らないのですが何だか格好良いぞと思って見ていました。レコードジャケットなんかも渋くて魅了されたのを覚えています。高校位まではその子と付き合いは続き分らないながらJAZZのレコードを聴かしてもらいました。さて私が高校の頃と言えば周りで流行りとなっていたのがNEW WAVEとPUNKそしてNEO ROCKABILLYあたりでした。そこで人生初めて買ったレコードがJAMの”THE GIFT”ここでポール・ウェラーを知り後の彼のユニットであるSTYLE COUCILを聴きあの古屋敷で聴いたJAZZを思い出させてくれました。

この頃に歩行者天国(ホコテン)が都心部に広がり大阪の梅田のナビオ前なんかも人が集まっていました。その中でNEO ROCKABILLYの音をラジカセで大音量に掛けている連中がそこで踊っていました。(そいつらと仲良くなり私も一緒に踊っていました。)この辺のヤツらと色々と情報を交換する中でUKの流行と文化発信が凄いと知る。そこで海外雑誌を取り扱っている本屋で、ある雑誌を発見。そこには「JAZZで踊る」について書かれており写真が掲載され衝撃を受けたのを覚えています。「あの古屋敷で聴いた熱い音が先端!!」そこからJAZZで踊る事を試みますしかもアイデアは写真のポーズのみでという無謀さ!(とは言えニコラス・ブラザースやサミー・デイビス・ジュニアなんかの古い映像なんかも参考にはさせて貰っています。)

最初の出会いは雑誌「i-D」そして「宝島」からの記事と写真(1983年頃)でそれから2年後に本場ロンドンのクラブで踊りを習得した方と大阪のクラブで出会い手ほどきを受けました。こんな感じで出会い今も続けているのですが当時は自分のセンスが頼りでした。(それと新開地界隈という独特な環境で幼少を過ごした事も自分のセンスに関与しているはず)

さて続いてはUK JAZZ DANCEの成り立ちについてですが、まずは所謂JAZZについて少し触れておきます。下の地図を見てみましょう。

JAZZが生まれたルイジアナ州のニューオリンズは見ての通り港町です。ここにはスペインやフランスからも人の流れがあり本土にはミシシッピ川が流れ綿花や穀物などの農産物の輸出港で栄えていました。ご存知の方々もおられると思いますがここはカリビアン、スペイン人、フランス人、ネイティブアメリカンと様々な混血の人達(クレオール)がJAZZに大きく貢献していますしJAZZは元々から様々な人と文化がFUSIONされた音楽なのですね。そして時の時世でJAZZとJAZZ・MUSICIANはシカゴへそしてNYへと流れていきます。そして1930年代のNYではJAZZ・DANCERが様々登場します。しかしながらUK JAZZ DANCEが生まれた時はココを通過していないのです。なぜなら当時ビデオを観られる環境は皆無なので知るよしがなかった。(とは言え長い目で見ると後々、繋がっていきます)

1948~1973年にウインドラッシュ号でカリビアンの人達が労働力として連れてこられます。(昨年ウインドラッシュスキャンダルと今年のBLMでこのウインドラッシュという言葉を目にした人も多いでしょう)
このカリビアンの人達が踊るのはジャマイカのシャッフルダンスやマンボなんかのラテンスタイルだったようです。UK JAZZ DANCERのルーツはココなのです。

1970年代後半から生まれたと言われる「JAZZで踊る」UK JAZZ DANCEですがマンチェスター、リーズ、ブリストル、ロンドンと地域によってスタイルが違いました。

バレエを基調にした者、FUNKを基調にした者、はたまボブ・フォッシーの振り付けをフォメーションさせる者、そしてノーザンソール(UK独特の文化)やバップ(テディボーイ)などからもヒントを、ブギー(アメリカのモノと全く違います!)と呼ばれる日本のソールダンスのようなステップが・・・ユニークで多種多様な踊りで興味深くなりますね。
音は勿論JAZZ、JAZZ FUNK、ACIDJAZZ、BRAZIL、RARE GROOVEなどで踊られていました。ざっとですがUK JAZZ DANCEの成り立ちを記しました。
次回は音を含めてもっと掘り下げて話を進めていきますね。

最後に動画を添付しておきます。

此れはBROTHER IN JAZZというオリジネーター(昨年約20年ぶりにその中のメンバー、キングと呼ばれた”ウエィン・ジェムス”が来日しました。)