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CULTURE

旭通・雲井通 / 神戸に帰りたい #2

あの場所が、あの味が、あの人たちが恋しい––
神戸をしぶしぶ離れた筆者による、追憶のローカル・エリアガイド。
(text:酒井匠)

第2回 旭通・雲井通

ばいちょう、という言葉をご存知だろうか。

この言葉を知ったとき、ああ、自分がずっとしてきたことに名前が与えられた、と思った。
例えば、さっきまであくせく仕事をしていたので、退勤しても気忙しい。 そのままライブハウスや映画館に駆け込んで開演・上映に間に合ったとしても、パッと切り替えて楽しめる感じがしない。
あるいは、嫌なことがあったまま出かけて、友人の前でどこかどんよりしていたり、不機嫌さをのぞかせてしまうのが嫌だ。
逆に、楽しく遊んでテンションが上がっているので、家に帰って家族と会う前に少し気を落ち着かせたい。
そういう時、次の行き先や用事に対して気持ち・モードを合わせるべく、自分をアジャストする営みが、「バイ調」、略さずにいえば「バイブス調整」だ。

私にとって、旭通・雲井通は、バイ調の街だ。
たまたま自宅に帰る通り道だったから、というだけではない。 この街自体が、間違いなくバイ調の適性を持っている。

神戸の中心地・三宮の東側に位置するこのエリアには、近隣住民のほとんどが利用する大型スーパー3店=「ダイエー」、「阪急オアシス」、「KOHYO」が集中している。

スーパーで夕飯のメニューを考える時間は、まぎれもないバイ調だ。
冷房の効きすぎている店内を何度も往復しながら、いま食べたいものを考える。
食べたいものが浮かぶのは元気な証拠。浮かばなければ、なんとか決まるまでウロウロする。
ひとつのスーパーでインスピレーションがわかなかったら、別のスーパーに移動する。 品揃えが大きく違うわけではないけれど、場所が変わることがトリガーになったりもする。

買い物で気持ちがほどけなければ、飲み屋に立ち寄る。
このエリアには、買い物袋を持ったまま入って、1、2杯で去るのに適したお店が充実している。

「たけやま」は、コの字型カウンターの昔ながらの酒場。 聞かずとも兄弟とわかる四人のおじ(い)さん、おば(あ)さんが営んでいる。
おつくり、冬場のおでんといった定番のほか、なぜか一人焼肉もできるし、なぜかパスタメニューが充実している(このパスタに結局一度もチャレンジしないまま神戸を離れてしまったのが、とても心残りだ)。
豚足、あるいはタコのオリーブ煮で、小ビールと焼酎水割り1杯。 この30分で何度バイブスを調整させてもらっただろう。
長引く緊急事態宣言の影響が心配だ。 いつまでもお元気で続けてほしいと強く願う。

串かつ「まこと」も、夕方早い時間にサッと立ち寄るのにとても重宝する。
あくまで気取らない、カジュアルな立ち食い串揚げでありながら、さかな(何の魚かは日によって変わる。塩味推奨)や大根(煮含めたものを串揚げにして、山椒をひとふり)といった変わり種があり、そのちょっとした特別感が嬉しい。

串かつといえば、閉店してしまった「ばんどう」にもお世話になった。
小綺麗な「まこと」に対し、こちらはなにかとざっくりしていて、そのざっくり加減も魅力だった。
名物の手羽先は、注文伝票の紙を持ち手代わりに巻いて渡してくれる(その紙が、串の本数同様、お会計時にカウントされる)。 もう食べられないと思うと妙に恋しい。

ほかに、「吉川酒店」はお惣菜が充実した角打ち。
私はあまりご縁がなかったけれど、「べらみ」や「miacuci」といった新しい人気店もある。
その気になれば、バイブス調整どころかしっかり出来上がることも可能だし、そうなったらなったで「第10兵庫楼」でさらに1ビールしつつ、淡白でやさしいラーメンで締めるという考え方もある。

バイ調の究極は公園だ。
生田川公園は、新神戸駅のふもとから川沿いに断続的に面なる細長い一連の公園で、それ自体散歩道のようでもある。
公園でのバイ調は、なんとなくノンアルコールがのぞましい。
イヤフォンで音楽を聴くという手もあるけれど、環境音に身を任せるのも効果的だ。
17時台であれば、まだ子どもや、犬を散歩する人もよく通る。
このあたりは外国人の居住者が少なくなく、遊びまわる親子連れの言語も様々だ。 わからない言葉によるおおむね楽しそうな会話は、耳にちょうどいい。
ベンチに座って、スマホでひたすらパズルゲームをする。
頭や気持ちを一切使わない空っぽな時間が、心のゲージをニュートラルに近づけてくれる。

2018年末、このエリアにあったライブハウス「マージービート」「バックビート」が、入居する建物の建て替えにより閉店した。
神戸で音楽に関わる人たちが「学生の頃にバンドをやって、はじめて人前で演奏したライブハウス」としてここの名前を挙げるのをよく聞いていた。

その「マージービート」系列でスタッフとして働いた後に独立し、このエリアにライブハウス「太陽と虎」を開業したのが、松原裕さんだ。
難病と戦いながら、毎年大規模な無料フェス「COMING KOBE」を主催し、全国のミュージシャンから厚く信頼される神戸の顔だった。 2019年に亡くなられた。

そして、旭通でインディレーベル「SPACE DOG! Record」を営み、ご自身も音楽活動をしながら、海外ミュージシャンの招聘なども行っていた河原拓宏さんが、この春に亡くなられた。

奇しくもこの街で、音楽にまつわる喪失が続く。

今回の一曲

■ David Crosby 「Glory」(2018)

CSN&Yのデヴィッド・クロスビーが、ベッカ・スティーブンス、マイケル・リーグ(Snarky Puppy)らと作ったアルバム『Here If You Listen』から。
以前、バイ調のつもりでこれを聴きながら歩いていたら、逆にやたら不安になってしまったことがあった。
イヤフォンを外したら、ばんばひろふみの「さんちか~♪」という歌声(※)が聞こえてきて、ずいぶんホッとした。

(※)三宮地下街=さんちかのテーマソング。https://youtu.be/lAuGYc7k7qM 

店舗情報

※新型コロナウイルス感染症拡大と、それに伴う宣言・措置等により、営業日時や提供メニューが異なる可能性があります。

■ ダイエー 神戸三宮店
神戸市中央区雲井通6-1-15
営業時間 9:00~23:00
定休日 無
TEL:078-291-0077

■ 阪急オアシス 神戸旭通店
神戸市中央区旭通4-1-4
営業時間 9:30~20:00
定休日 無
TEL:078-241-0732

■ KOHYO 三宮店
神戸市中央区雲井通7-1-1 ミント神戸
営業時間 7:00~23:00
定休日 無
TEL:078-242-5040

■ たけやま
神戸市中央区旭通2-2
営業時間 16:00~22:00
定休日 火、水、木

■ まこと
神戸市中央区旭通5-2-1
営業時間 17:00~20:00頃
定休日 日
TEL:078-251-1721

■ 吉川酒店
神戸市中央区旭通1-2-3
営業時間 16:30~21:00
定休日 土、日
TEL:078-221-6890

■ 第10兵庫楼
神戸市中央区旭通2-1-11
営業時間 11:00~15:00/16:30~20:30
定休日 日
TEL:078-241-3655

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