キューバでの写真
こんにちは。フォトグラファーの寺川昌宏です。
今回は、現在撮影業の軸としているアーティスト写真やウェディング、家族写真などのポートレート撮影に目覚めたキューバでの旅の話をご紹介したいと思います。
前回でも触れましたが、10年前に元々バンドマンだった僕はバンドをやめて一眼レフカメラ片手に北米・中南米・ヨーロッパ・東南アジアと様々な場所へ旅へ出かけました。
そもそもは『世界中の音楽を生で聴いてみたい。色んな国を見たい、触れたい』という理由でしたが、徐々に目的は写真を撮ることになり、 “旅をすること” は写真を撮ることの添え付け程度になりました。
写真は、肉眼で見えているものはもちろん、見えないものまで意識を向け撮影することが大事だと思っています。
風景だったり、美しい女性だったり、ファッションだったり、アートだったり、、、撮影の対象も様々だと思います。
良い写真を撮りたいと思っても、写真初心者の僕は「何を撮ったらいいのか?」「何を撮ったら上手くいくのか?」 マンハッタンの大都会、パリの建築物、ロンドンのダウンタウン、、、色々な場所を訪れては考えてみるものの、何から始めて良いのかもわからずただ彷徨う日々が続きました。
アートミュージアムに立ち寄っては様々な写真集や展示作品に触れてみたり、漠然と色々撮ってみたり、、、何かヒントはないかと手探りの状態が続く中、キューバへ向かうことにしました。
キューバは、チェ・ゲバラやカストロなど印象的な力強い報道写真が多かったこともあり、なんとなく憧れがありました。
滞在していたニューヨークからバスでカナダのトロントへ。
(当時キューバとアメリカの関係はあまり良いものではなく、アメリカからキューバへ入国するには、ヨーロッパ経由、メキシコ経由、カナダ経由、いずれかの方法を選ぶ必要がありました。)
そして、カナダから長いフライトを経てキューバのホセマルティス空港へ到着。
空港からタクシーでハバナ市街地に入ると、これまで訪れてきた場所とは違い、臭ったことのない独特の国の匂い。
アメリカにはなかった砂埃を払い除け、多くの客引きの手を振り払いながら宿に到着。
長時間のフライトで疲れたのでシャワーでも浴びようかと思いきや、お湯は出ず、水だけ。笑
しかし、滞在してみるとキューバの暑い気候もあり、すぐに水シャワーが馴染んできました。
水シャワーを浴びてからキューバのめちゃくちゃ濃いホットエスプレッソを宿のベランダで飲むという習慣が滞在中の楽しみになり、宿の隣に住んでいる家族のカラフルな洗濯物と古い街並みのコントラストが何とも印象的でした。
宿には4つほどベッドがあり、男性も女性も一緒に寝泊りするドミトリールーム。
カタール人の男子と、ノルウェーの女子2人組と4人で生活を共にしていました。
とはいえ、毎日挨拶程度の会話を交わすくらいで、ほとんど相手にはされない。
それぞれに旅の目的と旅での生活がある。
僕もキューバ入りしたものの、大して自分の納得のいく写真の方向性を掴めずにいました。
日本に帰国して写真の専門学校に行くとか、日本で色んな写真を撮ってみるのも良いだろう、とは全く思わず、むしろそうなるのであれば写真はやめてやる。「日本に帰ったら全て終わる」と、切羽詰まった感じになっていました。笑
旅の疲れも溜まってきた頃。
日本を離れて随分経ち、思えば日本語も長らく話していない。誰かに連絡をとりたくても、Wi-Fiもなく国際電話をかけるお金の余裕もない。
キューバの街もNYやロンドンも同じだったのは、みんな働いていること。
そういえば、仕事もバンドもやめて日本を離れて、自分は働くこともなくひたすら移動をしながら写真を撮って過ごしている。
これは堂々と続けていても良いことだろうか? いや、でも、日本に帰るとまた以前と同じ生活に戻ってしまう。
今回の写真撮影の旅で用意した資金も残りわずかになり、こんな悠長に写真を撮りながら暮らせるのもラストチャンス。
答えのない “自分の写真” を見つけだせたらと、毎日懲りずにカメラを肩にかけて街へ繰り出していました。
キューバという国は大きく分けて黒人と白人で構成されているようで、日本人である自分のようなアジア系の人種はとても目立っていました。
遠くから誰かが僕に向かって、
『イチロー!マツザカ!ジャパン!!』
野球大国であることは間違いなさそうだ。笑
今となってはアジア系の観光客、旅人というのは珍しいものではないだろうけど、当時のキューバではまだアジア人、日本人は少数だったと思います。
おかげで少し歩くだけで多くの人たちが話しかけてきました。
そして、日に日に話しかけてくれる人が増えました。それは客引きとかではなく、単純に向こうからの挨拶でした。
『日本の地震は大丈夫か?』
そういえば当時は東日本大震災がありキューバの方にもそのニュースが届いていたようです。
せっかく出会った記念に写真を撮ってみようと、色んな場所に座ってもらったりして、道端で出会った人たちを撮らせてもらいました。
日本の街中や大都市でやれば迷惑行為や肖像権の侵害などで一発アウトだと思います。しかしここではみんな気兼ねなく応じて、素晴らしい笑顔までこっちにくれる。
撮った写真をカメラのモニターで見せると、みんなとっても喜んでくれました。
メールアドレスを書いた紙を持ってきて
『その写真欲しい!送ってくれない?』
と言ってくれたり。
自分の写真が誰かに欲しいとか、もっと撮ってほしいとか、初めての体験をした瞬間でした。
もちろん言語は通じていないし、お互いわかる範囲の英単語を交わしているだけなんだけど、不思議と写真はしっかり残る。
バンドでギターを弾いている時を思い出しました。
キーやコードがわかれば、言葉はなくても、ある程度は一緒に演奏できたり、共有できるものが生まれる。
それまで風景など旅先で目にした色々なものを漠然と撮っていた自分にとって、とてつもなくしっくりきた写真撮影になりました。
当時は、プロカメラマンは照明を使ってライティングをして何本もレンズを使って人を撮るとかも知らなかったので、ただただ、自分のカメラのファインダー内に現われた妙な良い感じの関係になれた人の写真を撮っていく。
撮れば撮るほどお互いのテンションが上がっていく。
その時のキューバの人たちにとっては、まだデジタルカメラや日本人が、馴染みのない珍しいものだったからできたことかもしれない。
とにかく撮影している自分はもちろん、相手にも楽しいと思ってもらえる事ができた貴重な体験でした。
僕の写真はこうしてキューバの路上で出会った人たちを何の工夫をするわけでもなく、ひたすら撮影するところからはじまっています。
誰かが既に持っているスタイルを追い求めるというよりかは、すごく遠回りなんだけど、自分が思う方向に向かって写真を撮るスタートラインに立てた瞬間だったと思います。