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「Cubaという色彩」Case 2 / Michito “MITTO” Tanabe

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日常のありふれた動作が音楽に身体が自然発生的にとけこんでいる時、音と身体の動作の同調が始まり、その流れに脳をゆだねて行く。 脳内は無限に広がる空間を想像し続ける。

すると身体的思考感が明確になりバランスの良い動きが始まり出す。

形から覚えた大技などは作為的に出そうとはせずナチュラルにチョイスされた動き自体が最も適切なムーヴメントにつながる。

結果、形にはまらない質の良いフリースタイルダンスがリズミカルに連続的に溢れ出す。

ー フリースタイルダンスの定義 / Michito “MITTO” Tanabe

此れは1990年代、LAでのダンス修行の際にメディアに中々現れないアンダーグランドのシーンを目の当たりにし、様々な光景をなぞらえながら自身の身体的な表現を言葉にした20代の頃のMITTO氏の文書です。

当時のストリートダンスのシーンはNYのオールドスクールと呼ばれる時代を経て、LAのシーンが着目され其れは大きな影響を与えていました。 しかしながらこのLAに於ける革新部分は残念ながらあまりにもドープな為にメソッド化が不可能な為に、日本には知る人ぞ知る存在となってしまったのです。

この知る人ぞ知る “LAフリースタイル” をまさに生で体験し修得したMITTO氏
(彼はオールドスクールと呼ばれるスタイルの中でも LOCK’n では全国的にも名が知られています。

が、のみならずストリートからボール・ルームまでしっかりと実績を残してきた稀有なジャンルレスな舞踏家です。)

彼はこの “フリースタイルダンスの定義” を軸に更にオリジナルを求める中、どうしても「Cuba」が必要だと常々語っていました。 そして2年前についに訪れダンスはもとより様々なモノを吸収し取得し次の段階へ足を運んだ様です。

今回はそんなMITTO氏の話を伺っていきますが、先ずは経歴を覗いてみましょう。

Michito “MITTO” Tanabe プロフィール

京都市出身 ダンス歴37年。
幼少の頃より、音楽家の祖父 画家の父の元で感性を磨かれ育つ。

1983年 日本に初めてHIP HOPカルチャーが入ってきた創世記より本格的にストリートダンスを始める。

日本ストリートダンス界の活動を経て 80年後期にヨーロッパ中を周り様々なカルチャーに触れ経験を積み上げる。 そして帰国後 LAダンス選手権の日本代表 出場を皮切りにプロの道へと進む。ストリート、ジャズ、ラテン、ボール・ルームと日米での数々のダンス・コンペティションなどでの上位タイトルを取得。 経験より身に付けた多様なダンスを自在に操り “正にフリースタイル” であり修得度の深さが垣間見られる。

2014年 ダンサー&ミュージシャンの集合体 “Kyoto Jazzy Blue Tribe” のアーティスティック ディレクターとして関西から多方面で活動。

2018年 UK JAZZ DANCEのパイオニア “Brothers in Jazz” のアーヴィン・ルイス氏と共に NEW UK JAZZ DANCE TEAM “Elements Jazz Collective” で舞台出演。

同年 イギリスのレジェンドDJ DEGO 2000BLACK JAPAN LIVE TOUR にDance Showで出演。

2019年 本場キューバを旅し、ハバナで元祖のLatin Danceを学び現地でスタイルを吸収。 本場のブエナビスタ ソシアル クラブにも足を運びCUBAの音楽文化を学ぶ。

2019年 大阪、京都、神戸を代表するステッパー集団「関西ジャズステッパーズ」に加入。 新時代の様々な音楽、ダンスシーンに向け活躍中。

2020年 オリジナル フリースタイル アート・デザイン の工房 MITTO Design Works を立ち上げ、多様なタイポ・グラフィックを主体に斬新なアート・デザインを提案し、様々な作品を制作。

現在は自身の活動と同時進行で、指導者として還元活動を行っている(コンテスト・ジャッジ、振り付け、ステージ演出、ダンス・コーチャー、そしてボディ・メイク・メソッドをもとに舞踊家やアスリート選手等の運動性を高めるコントロール指導にも務める。)

絵と踊りと音楽の民族の国

ー ホントに常々「Cuba」の事は話題で話し合ってきましたが、2019年に現地を訪れましたね。 しかも普通では辿り着けない場所まで僅かな期間で足を運んでいます。

先ずはともあれ経緯を伺いましょう。
思うに、やはりジャズからインパクトを受けたのではないでしょうか?

「そうですね。 昔、Jazzの巨匠 ディジー・ガレスピー とキューバのパーカショニストの チャノ・ポソ とが作った “Cubana BE Cubana BOP” と言う 当時の画期的なサウンド、アフロ・キューバン・ジャズの楽曲を聴いて踊った時に、このジャズとラテンのフュージョンされた音楽の母国に行ってみたいなと。」

ー 成る程、「Chico & Rita」も効いたのでは?(笑)

「ですねー(笑) 此れは絵描きとしての血が騒ぎましたね! あのタッチと流れる音楽は絶妙でしたよね。

実は10数年前からこんな疑問も持っていまして・・・

『多様なエンターテイメント性の “高い” と言われるハイテックに構築された世界感』

作り手など携わる方々の発想力で生み出される芸術は間違いないのですが、『その完成され過ぎた世界観』に何かモヤモヤする感覚が芽生えていたのです。

何処かに自分が『落とし物をしている』のに気付いたかの様に・・・

『先進国では絶対に感じ取れない文化や芸術を学び直したい!』と。

そこを知らずしては肝心要の部分が心と身体に入らない。 そう感じたので今一度、自分自身をリニューアルすべく感性に響き渡る様な『絵や踊り音楽の感性に触れたい』と願っていました。」

 

ー 其の鍵が「Cuba」だったのですね。 「 “ビィンテージ・ハーレー” を愛車として接している」らしい感覚でもありますねー

「そうです! 『Cuba』は正にビィンテージカーが現役で走っていますし、其れは『完成され過ぎ』とは『真逆の世界観』ですよね(笑)

そしてスペイン系ラテン民族とアフリカ系移民が大多数をしめ、特に独自の音楽性と舞踊性を持っている未知の国であると確信していましたから。

数年前かな? ジャズ・トランペッターの友人が『Cuba』を訪れた時の話を、興奮気味に瞳を輝かせながら語り伝えてくれた事がありましてね、

第一声が『絵と踊りと音楽の民族の国!』

それに対して『やはり!』と僕は返したのですよね。」

Cubaという色彩

ー 同時にその返された言葉で若い時のLAでの濃い体験を思い返さられたのでは?

「そうですね。 LAとNYでカポエラを学んでいる時にブラジルのコミュニティが存在していて、ポルトガル語と英語が飛び交う情景を目の当たりにしました。

LAでの風景というか『色彩』は、NYがグレーならば赤茶色? みたいな。 それが僕には印象的でした。 そして年月が経ち、次は『Cubaという色彩』を目撃し感じたいと言う思いが強くなっていて・・・ そして2019年にいよいよ実際に『Cuba』を訪れたのですよ。」

 

ー そう言えば、この2019年にMETROKYOTOGRAPHIE のキックオフパーティーが4月に開催され、其処で AXEL TOSCA と同じ現場に立ったのも流れ的には意義がありましたね。

KJBT、AXEL TOSCA、沖野修也

「そうですね。AXEL TOSCA TRIO、沖野修也、そして Kyoto Jazzy Blue Tribe が其々このパーティーでパフォーマンスしたのですが、もの凄く注目されていたのか、沢山の人が訪れました。 AXEL TOSCAはハバナ生まれのピアニストで圧巻でしたね。

このパーティーの2ヶ月足らず後に私が『Cuba』に行ったのも、今考えると面白いですね。

そして実際に行ってみて痛感するのが『Cubaは至る所で音楽があり、踊りがあり、唸るほど良いミュージシャンとダンサーが山盛り居る』と言う事。 AXEL TOSCA氏のようにチャンスに恵まれる方は稀なのかもですね。

『Cuba』は社会主義国でありながらも南国という地で緩やかな空気感で治安は良い印象でしたよ。 ドープな場所にも足を進めて其れを感じたので、其処はLAと違いますね(笑)

▼ 路地でのセッション

▼ キューバセッション

▼ プラクティス・キューバンスタイル
https://www.facebook.com/michito.tanabe/videos/2157427257713590/

▼ ブエノビスタ・ソシアル・クラブ

▼ キューバン・ルンバ(ヤンブー)

特筆するのが、旅の期間は2週間弱だったけど一緒に共にした、パートナーの Teruさん(*) がスペイン語やスペイン文化を熟知していたのが大きかった事。 お陰で普通の旅行ではあり得ない深い処まで行けましたから、感謝しています。

*Teru
辻川輝 フラメンコ舞踏家
https://www.facebook.com/estudiopordios

この『Cuba』への旅は人生の忘れ得ぬ大きな財産となったのは間違いないです。 LAで見た『色彩』と似たモノを感じたけど人の素朴さと海の色がより『太陽』を感じさせ其れ等全てが『Cubaの色彩』なんですよ。

▼ 帰国後の舞台映像

そして『Cuba』を確信したので、2020年には更に東の町『サンディエゴクーバ』を目指す予定でした。

しかしコロナにより其れは実現できなかったけど、2020年にデザインワークスを立ち上げて今、新たなデザインがどんどん沸いてきていますよ。 其れは『Cuba』から得た経験が生きている事は言うまでもないですが。」

 

ー 其れはダンス、音楽以外にも今後の活動に期待が膨らみますね!

そしていつか「サンディエゴクーバ」に足を進めて下さいね。(笑)
本日は有難う御座います。

 

・・・

如何だったでしょうか?

冒頭のフリースタイルダンスの定義も良く読み返すとなんだか絵を描くという所作にも見えてきます。

音楽、ダンス同様に絵描きである彼にとっては相当な影響が「Cuba」にはあったようです。 最後にMITTO氏の作成した「Cubaの旅」以降の絵とプロダクツも合わせて紹介させて頂き〆させて頂きます。

 

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Michito “MITTO” Tanabe | Instagram
https://www.instagram.com/mittobop/