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「Cubaには行ったのか?」Case 3 / ダーリン SAEKO

PEOPLE, CULTURE

ダーリン SAEKO

「Cuba」シリーズの最終回はこの人。 彼女と最初に接したのは前々回お話しを伺った後藤さん(Sound Cream Steppers)が主催するイベントBoppinJiveの何回目だったかなー?

映像とかでは何度か過去に観た事があり、印象は「ストリートダンスとトラディショナルダンスを絶妙な塩梅で踊る子」

▼ Saigon latain fiesta 2019

加えて空間を漂いながらストーリーの行間を表現できる稀有な人物で「只者じゃないぞ!」でしたね。

▼ 椎名純平「秘密」

そんな彼女も「Cuba」に足を運んだ事は聞き及んでいたので是非ともお話しを聞いてみたいと思ったのです。

先ずは【プロフィール】・・・

ダーリン SAEKO プロフィール

17歳よりプロ活動開始

2005年〜
CFやMVなど映像を中心とした振付師となる。

▼ チャットモンチー「シャングリラ」

▼ BANDERAS「iAY joe!」

2008年〜
キューバ共和国へ留学
キューバ国立民族舞踊団、キューバ国立バレエ団へ在籍。現地では、フェスティバルや舞台に参加する一方、アフロキューバンの音楽の父と称される Lazaro Ros 氏の作った Grupo Olorun に加入し各地儀式で巡回する。

▼ lazaro ros y grupo olorun

2010年 帰国

2011年〜
ベトナムをはじめ、様々な国で作品制作やワークショップを始める。

キューバ共和国 “NTURU ARETE 2017”
ゲスト出演・ソロパフォーマンス&WS

SALSA HIPHOP BATTLE 2018
ゲストバトラー&ソロパフォーマンス

2013年〜
ダンスの力で雇用を生み出し、アーティストの所得をあげたいと、ダンス以外の文化的な活動も積極的に行う。

教科書には決して載らないが、生きていく為に大切なことを描いたラテン系フリーマガジン「PACO」編集長を務める。

2017年
合同会社 UWSTO(ウースト)設立

UWSTO
http://uwsto.com

スタジオ “STRIPES” を開設。

STUDIO STRIPES
http://uwsto.com/stripes/

・・・現在進行形

 

と言う事で始めましょう!

Cubaには行ったのか?

ー 今回はストリートダンサーで「Cuba」に足を運んだ方々にお話しを伺っています。プロフィールから「Cuba」がキーワードとなっている事が確信されますが、その前にラテンとの出会いから「Cuba」に至るまでをお願いしたいのですが?

「ラテンに関しては、小学校上がるくらいの時期にテレビで流れてきた開放感のあるランバダが大好きで、東京スカパラダイス・オーケストラとかラテンっぽい音楽によく反応していました(笑)小学校4年生で初めてお小遣いで買ったCDは、リセットメレンテスのGOODY GOODY。 こちらのPVも今考えるとラテン色全開でしたね。」

ー 成る程、受け皿を感じますね。(笑)で、いきなりダンスもラテンに?

「ダンスはHIPHOPに憧れながらも、中学生の頃よりTAPから習い始め、16才でようやくHIPHOPに触れることができました。 17歳の時に友達に誘われてレゲエ・ダンスを練習するようになり、その17歳の誕生日に姉が “DEEP RUMBA” というCDをくれたのが『Cuba』への入り口ですね。 大人っぽくてレゲエとはまた全然違うテイストだけど、音楽が深くて直ぐに好きになりました。 その後に、『Cuba』のダンスが見たくなって、タワレコに行って、探している際に FANIA のDVDに出会いました! 中身はよくわからないけど、福袋的な感覚で買いました!」

▼ DEEP RUMBA

▼ FANIA ALL STARS in Africa

ー お姉さんも深いねーそれと凄い福袋を当てたねー(笑)
いずれにしろ、この頃より、とにかくカリブ海ですね!

「ですね(笑)それから、19才の頃ジャマイカ(キングストン)に遊びに行った際、キューバから船に乗った日本の学生さんが遊びに来たんです。

(ジャマイカではディスコとかに行ってはダンスを見て真似していたのですが、なんか若者全開の派手な空気感がしっくりこなくて・・・)

そんな時にその学生の子に『キューバはどう?』と尋ねたら、『ダンスが凄かったー!』『お爺ちゃんやお婆ちゃんがいっぱい居て!!!』『みんな踊ってるー!!』って。

もう、その言葉で、キューバへの漠然とした憧れが、『私の居場所見つけたかもー』ってなりました(笑)。 既にキューバ音楽やラテンには憧れがあったので。

その後ニューヨークに3ヶ月単位、2回にわけ滞在して、マンボやアフロキューバンのダンスクラスやライブを見に行っていました。 当時ホームステイ先の人に、私はキューバへ留学すると語っていたそうです。

25才の頃もう一度ニューヨークに遊びに行った際『キューバには行ったのか?』と聞かれて、行っていないことに気がつき愕然としました。

『君は働きすぎで、仕事の話しかない。それじゃー、人生は楽しくないよー』と。 言ってもらえて・・・

その半年後にはキューバに留学していました(笑)。

それは物をとても大切にすること

ー いよいよ「Cuba」本題ですね。2年程の留学は色んな出来事があったと思いますが、特に心に残っている事や人とか場所とか有れば教えて下さい。

「国立民族舞踊団とライセス・プロフンダ・ダンスカンパニーでのハードな練習と仲間はやはり青春ですね!

▼ CONJUNTO FOLKLORICO NATIONAL DE CUBA

それから、生活に疲れたらブラックマリア様がいるYEMAYA教会、地元の人しかこない場所で静かで厳かで心が休まります。 後は、グアナバコア(Guanabacoa cuba)ミュージアムでダンサーとしてSHOWをしていた時とかは滑らない話がいっぱいあります!

▼ Guanabacoa cuba

日曜日夜の野外ディスコテック1830は、ダンサーの方にはぜひ行って欲しいです。
最近では、ファブリカ・デ・アルテという場所がハバナのメジャーなホットスポットです。 役者さん、監督、絵描、ダンサーみんな集まる刺激的な場所でした!

2010年まで毎週日曜日に開催されていたハバナ市の工業地帯であったセロ(ZERO)という街ででのRUMBAのお祭りに参加したことは、人生が変わるのを肌で実感しましたね。 地元の大将コンガ奏者のマチョと親友カマーチョには、長期滞在の極貧生活を送っていた時にいっぱい助けてもらいましたよ。

▼ MACHO RUMBA SOLO(大将マチョ)

それと、やはり向こうで出会った日本全国からやってきた素敵な日本の人たちと受け入れてくれたホームステイ先のイネスさんは一生の宝物であり、感謝ですね。 やはり生活が大変なこともあり同郷の人たちと会える安心感と喜びは相当なものでした。

ー 此れはハードな旅でありますが、沢山得た事があると思います。 他に影響を受けた事や感銘した事はどうでしょう?

「それは『物をとっても大切にすること。』例えば故障した100円ライターを何度も直して使い続けるとか、購入した服を何年も大切に着たりする点です。 それと自給自足の姿勢、教育推進の高さ、医療に対する姿勢、そして何より芸能に携わる人たちにとって、とても豊かで開かれていると感じました。 もちろん完璧とは言えないこともいっぱいあるとは思いますが、そういう全く社会体制の違う国で過ごせた事は、今振り返ってみても素晴らしい学びだったと思います。」

ポジティブなものを生み出してきた人々のパワーを感じる嗅覚

ー 最後に伺いたい事があります。 帰国後に様々な活動をしていますが、特に2017年に「合同会社UWSTO」を設立されています。 この辺りについてお願いします。

「帰国後すぐに渋谷のアップリンクという映画館で企画した『キューバの魅力』では、毎回ゲストをお呼びして、農業や経済、恋愛やら✖音楽とダンスというテーマで半年間ほどトークショーをしていました。

中南米の豊かな音楽やダンスは、陽気さだけではなく、そこに『泣き』があるというか、切ない。 そういう部分が、ストリートから生まれた感性であり魅力だと感じます。

流れで、年に一度毎年3/3の『パーティーJOSÉ』を開催するようになり、サンテリア音楽を土台にしたバンド『ROMANTIC BABALU』を始め、ラテン系フリーマガジン『PACO』を発刊し、日本全国の仲間たちから情報を得たり、記事を書いてもらったりしていたので、彼らが東京にきた際に、遊びに来てもらえるような場所を作る為に、代々木駅に小さなスタジオ『STRIPES』を作りました。

そんなわけで色々やっていたら収集がつかなくなってしまって・・・それで、会社を立ち上げ、其れらを全て紐付けさせました!

で、その会社を『UWSTO(ウースト)』と名づけました。

少し話は飛びますが、キューバで踊り継がれてきたルンバやサンテリアは、その歴史を紐解くとイギリスの奴隷商船から始まっていて、そういう重たい話や歴史は面倒だと感じる人たちも多いとは思います。 でも、『苦しさを受け止めるだけの心の強さを持つ』ことは必要であり、『そこからポジティブなものを生み出してきた人々のパワーを感じる嗅覚』は、大切なことだと思っています。

『なぜそこに熱が宿るのか?その背景に何があるのか?』そういう漠然とした気持ちが、自分の好奇心を掻き立てます。 此れが行動の中にある根底です。

それと、UWSTOは、率先してヘンテコリンであり続けることを大切にしています。

変なことができる大人が減ってしまったら、若い人たちが、奇想天外なことを始められないなーと。」

ー なるほど! そしてそれを行動している事には感銘を受けました。「Cuba」で得たモノが大きなエネルギーとして宿っている事も理解できました。 本日は貴重なお話を有難うございました。

・・・

昨年よりコロナによりすっかり世情も変わり2021年4月を過ぎようとしています。 中には今置かれている立場をすっかり変えざるを得ない人もいる事でしょう。 そんな中自然体で前に進む彼女に、そして前回、前々回と取材を行った2人の言葉に稀有な体験を追わせて頂いた事に深く感謝を申し上げこの「Cuba」をキーワードとしたシリーズを〆させて頂きます。