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二胡との出会い

MUSIC, CULTURE

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弦が2本、その間に弓の毛が挟まっているという、考えれば不思議な形状の楽器をそこそこ長く弾いている。「二胡」と呼ばれる中国の伝統楽器で、その弦の本数が名前の由来となっている。

私が初めてこの楽器を手にした90年代までは、「胡弓」という呼び名の方が一般的だった。哀愁漂うエキゾチックな音色がイメージされるこの単語は、実は中国語ではなく日本国内における名称で、中国では「胡弓」という呼び名は使われない。中国の演奏家が多く来日するようになると、日本の伝統楽器である胡弓と混同されてお互い不便が多く、次第に中国での「二胡」という呼び名がそのまま日本でも使われるようになった。実際、日本で二胡が流行りだした頃、いざ習わんと教室の門を叩いてみると実は日本の胡弓教室で、結局引くに引けずにそのまま入会して習い続け、今では結構な腕前になってしまった人が、私の周りに少なくとも2人はいる。

私が二胡を知ったのは、大学の夏休みを利用した短期留学で、北京大学で中国語を学んでいた時だった。長期留学で滞在していた同じ大学の先輩の部屋に遊びに行くと、窓辺に初めて見るこの楽器が置いてあった。さっそく触らせてもらった。弓で弾く楽器を触るのは初めてで、音程を自分で作るというのが何とも新鮮で面白い。聞き覚えていた「ラストエンペラー」のテーマ曲をギコギコ弾いて「何の曲か分かります?」「…分からん。」と言われたのが最初の思い出である。

短期留学生の授業は午前中だけで、午後からは自由時間、選択制で課外授業を受けることができた。希望者が多かったので二胡のクラスが開設され、10回コースで手ほどきを受けた。先生は楊さんといい、普段は京劇の伴奏を務めているとのことだった。魚の尻尾のように、と言われる右手首の動きを褒めてもらったのと、クラスのみんなで新街口の楽器屋街を見に行ったことを覚えている。

帰国後、そういえば家の近くに教室があったかもしれないとふと思い出し、見学に行った。神戸の西の端、舞子の浜に建っている「孫中山記念館(現在は孫文記念館)」。薄緑色をした八角形の建物だが、横から見ると3面しか見えないために勘違いされ、「六角堂」と呼ばれて地域住人に親しまれている中華風の異人館である。ここに当時としては珍しい「胡弓同好会」があった。二胡がまだ胡弓と呼ばれていた昔、女子十二楽坊の活躍で日本に二胡ブームが起こったより遥か以前に、家の近くにたまたまこのような場所があった、というのが私の二胡弾き人生における最初の幸運である。ここからみるみる引き込まれ、翌年には大学を休学して1年の北京留学をするに至る。次回はその長期留学を思い出してみたい。