様々な視点で情報を発信するカルチャーマガジン

  1. HOME
  2. MUSIC
  3. カラスの子
MUSIC

カラスの子

MUSIC, LIFE STYLE

梅雨の頃は、鳥たちの巣立ちの時期でもあるらしい。 朝もまだ遠い丑三つ時とも言える時間からやけに向かいの公園の鳥たちが騒がしいと思っていたら、その日の午後、住んでいる建物に付属する集会所に至る階段にうずくまる黒い姿を見た。 カラスである。

学生の頃に「カラスはどれほど賢いか ― 都市鳥の適応戦略 」(唐沢孝一著 中公新書)という本を読んで以来密かにカラスのファンなので、思わず立ち止まって観察すると、右羽がだらりと下がっている。飛び上がって階段の手すりを越えようとするが、羽ばたくことができず手すりを越えられないらしい。

よく見ると、近くの電線に2羽のカラスが止まり、地上のカラスに向かって絶えず声を放っている。 巣立ちの練習で着地に失敗して負傷した子ガラスなのだ、と合点が入った。

その様子は自宅の窓からでも見えるので、気になって時々様子を見ていたが、夜になって親鳥が帰って行った後に近くまで見に行くと、子ガラスは上手に室外機の陰に隠れてじっとしていた。 その夜は「カラス 巣立ち 失敗 保護・・・」といった検索ワードでネットを渉猟したが、公的な機関のページではカラスやハトは保護の対象に入っておらず、カラスを保護して育てたという人の手記を見ても、とてつもなくハードルが高く、集合住宅住まいではなおさらどうにも手を出せそうにない。

そもそも子どもの頃に、高い木の枝から細い糸でぶら下がって、元の枝まで戻ろうと必死に足掻いていた青虫を手伝ってあげようとしたところ、糸が切れて落っこちて動かなくなってしまって以来、野生には軽々しく手を出しちゃなんねえ、と身に染みているのだ。

翌日も同じ状態で、何度も飛ぼうとジャンプする子ガラス(といっても素人目には成鳥と区別がつかないほどの大きさ)とそれをずっと近くで見守り声をかけ続ける親鳥の様子が見られた。 集会所はもともと滅多に使われない上に、コロナ禍でさらに使用頻度が下がっている。 今しばらくはそこまで人目につかないだろう。

次の日も同じ情景が見られたが、親鳥が餌を運んでいるような素振りもあり、親ガラスの愛情深さに感じ入るとともに少し安心もした。 野生動物は思いの外逞しいので、元気になる可能性も高いとのネット情報もあった。

4日目になると梅雨の晴れ間も終わり、雨が降った。 親鳥もついに諦めたのか姿を消した。呆然と雨に濡れる子ガラスをせめてひさしの下に入れようと近くまで行ってみたが、怯えさせただけだった。

曇天のせいもあり、なんとなく暗い気持もちで翌日の午後に様子を見に行くと、下の息子と同学年の小学生たちが近くで遊んでいた。 小学2年の国語の授業で「スーホの白い馬」を勉強しているときに授業に押しかけて馬頭琴と二胡を弾かせてもらったので、この学年の子どもたちは大体私を見知っている。「飛べなくなったカラスがずっとここにおんねん。」と言うと、「知ってる知ってる!」と口々に教えてくれた。 なんと、助けようとして抱え上げどこぞに運ぼうとする最中に、つい手から離れて紫陽花の茂みに逃げ込んだと言う。 現場に連れて行ってもらったが、紫陽花の陰には見当たらず、すぐそばの玄関ポーチの下に逃げ込んだのかと覗き込んだがやはり姿は見えなかった。

暗いジメジメした一角に身を置き、虚ろな目で降りしきる雨をじっと眺めて死を待つばかりの子ガラスの姿を想像しつつ二日ほど過ぎた。

次の朝、故あって早起きし6時前に自宅近くの交差点を通りかかると、なんとなく見慣れた雰囲気のカラスが、朝日に照らされた横断歩道の上をトコトコと歩いている。 右の翼の閉じ具合がおかしい。 あの子ガラスに間違いない。 思わず立ち止まって写真を取ろうとスマホを取り出すと、近くで警戒の鳴き声が上がった。 ちゃんと親鳥も見守っている。 子ガラスはそのままスタスタと道路を渡り、木々が茂る広い公園の中へと消えていった。

今後羽が治って飛べるようになるのかは分からない。 自分で餌を取れるようにならなければ、生きていくのは厳しいだろう。 それでも、私のお節介な暗い想像に反して、親鳥に見守られながら機嫌よく横断歩道を渡る元気そうな姿を見ることができ、明るい気持ちになった。

最初から最後まで勝手な人間の空想で哀れに思ったりほっとしたり、当のカラスには全く関わりのない余計な思い入れだったとは思うが、すぐに子どもを忘れたりしない愛情深さをもつ(ように見える)賢いカラスに、また密かな尊敬の念を新たにしたのであった。

・・・

という長い前置きのもと、YouTubeに上げた次の演奏動画をご紹介したい。

何を思ったのか6月から急に頑張り出し、ほぼ毎日連投している鳴尾牧子チャンネルのいいねボタンとチャンネル登録ボタンをポチッとして頂ければ幸甚である。

鳴尾牧子 YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UCGbLmx3PMSmaOqALsSMO7jQ