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「音談るつぼ」#4 大森花さんと。

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自粛生活が続くなか、うつうつとした気分を上向きにしてくれる音楽は実にありがたいなぁと再確認する日々ですが、今回はそんなおうち時間におすすめのCDをご紹介したい。

ソプラノ歌手「大森花」さんが、文化庁の補助金を受けて制作したアルバム「hana uta(ハナウタ)」がリリースされた。 聴いてまず思うのは、花さんの声がとにかく涼やかで、優しいということ。 だから歌詞の一語一語が、心のど真ん中にまっすぐ響いてくる。 父・一宏さんの演奏も優しい。 花さんの歌にそっと寄り添い、ボーカルを引き立てるのだけど、そこに余計な力はまったく入ってなくて、さらさらと水が流れるように音が紡ぎ出されていく。 そんなお二人の演奏を基本に、時々バストロンボーンが加わったサウンドは、聴く者をまるでヨシヨシとあやしてくれるような包容力に満ちている。

アルバムについて、花さんにお話を聞くことができた。

hana uta / Hana Omori

Vocal:大森花
Piano, Guitar:大森一宏
Bass Trombone:寺谷糧 ✳︎

  1. おぼろ月夜
  2. 花の街
  3. 椰子の実
  4. しゃぼん玉
  5. 揺籠の歌
  6. 小さな空 ✳︎
  7. Moon River
  8. Morning Has Broken
  9. Danny Boy
  10. Hodie Christus natus est
  11. O For The Wings Of Dove ✳︎
  12. Smile ✳︎

ジャンルも言語も超えた癒しの音楽。

ー 童謡やポップス、ジャズなど幅広い曲が収録されていますが、アルバムのコンセプトは?

「コロナ禍の不安で心が疲れてしまったときに、音楽を通して少しでも癒しを感じてもらいたい、という思いから制作したアルバムです。 私自身、疲れたときはオペラよりは、もっと心にしみるような曲を聴きたくなるので、聴いてくださる人の気持ちを考えながら、小さなころから祖母と一緒に歌っていた曲など、耳なじみのよい曲を選びました。 また父はジャズピアニストでインプロヴィゼーションの人なので、即興演奏に向いているかどうかという視点からも、たくさんの候補曲の中からふるいにかけていきました」

ー 花さんはクラシックのソプラノ歌手で、お父さまはジャズピアニスト。専門が違うお二人ですが、どの歌も見事に「花さんの歌」になっていました。どんな音作りをされましたか?

「父とは2、3回リハをしたのですが、細かいアレンジを決めるというよりは、曲のイメージを固めるためのリハでした。 演奏してみてお互いにイメージを共有できたら、父が『いけるんじゃない? うん、いけるよ』と言って終わり。 歌で打ち合わせをした感じです。 譜面におこすこともしなかったし、収録本番と同じ演奏はたぶん二度とできないです(笑)」

ー 1曲目の「おぼろ月夜」はシンプルでストレート。 一方、3曲目「椰子の実」はピアノのベース音の上にいろいろなテンションが登場する、広がりのあるアレンジでおもしろかったです。

「それぞれの曲は、歌があってソロがあって、とわかりやすい構成です。 そんな聴きやすさのなかに、アグレッシブになりすぎないように、ときどきスパイスを入れたいという思いもあって、アルバム全体のバランスを考えました。『椰子の実』は一番、スパイスを効かせた曲になったかもしれないですね」

ー ジャンルの異なる曲と向き合うとき、気持ちは違ってきたりしますか?

「あまり意識はしていないです。 ジャンルでくくることは確かにできるのですが、考えてみれば、モーツァルトも当時の流行曲です。 今流行っているJ-POPの曲や、歌い継がれている演歌の曲なども200年後にはモーツァルトみたいに扱われているかもしれません。 たどってきた歴史が違うだけで、作品としては共通するものがあるんじゃないかなと思っています。 そこをボーダレスにしたいという思いがありまして、どのジャンルが好きです、ということは言わないようにしているんです」

ー なるほど。 だからこのアルバムも幅広い選曲ですが、切り替え感がなくて、どの曲も自然なんですね。

「あ、そこを伝えられていると嬉しいです」

ー では日本語と英語では、歌う上で何か変わりますか?

「日本語は母国語という点で歌いやすいです。 英語は、ボストンで暮らして英語に慣れたこともありますが、音節に言葉をのせやすく、音楽的には日本語よりも歌いやすいです。 異なる言語なので技術的に気をつけるところは違いますが、気持ちの面ではあまり変わらないですね。 日本語か英語か、ということより、言葉の流れや曲を大切にして、たとえば『しゃぼん玉』は背景にある悲しさ(※)も表現できたらいいなと考えて歌いました」

(※)「しゃぼん玉」は野口雨情が幼くして亡くなった娘への気持ちを込めて作詞したと言われている(諸説あり)

ー お父さまのバッキングに、花さんへの愛を感じました。 バストロンボーンの寺谷さんも、花さんの歌を活かして自分も活きるような、絶妙のバランスで演奏をされていると感じましたが、おつきあいの長い方なんですか?

「音大のころからなので、つきあいはもう10年くらいになります。 実は先日入籍しまして、夫です」

ー えっ! そうなんですか! それはおめでとうございます。 アルバム全体を通してミュージシャン同士の信頼や人間関係の親密さみたいなものが感じ取れて、そういう意味でも聴いていて心地よいのですが、なるほど、理由がわかりました。

アルバムに話を戻しますが、録音もとても気持ちがよくて、すぐそばで歌ってもらっているような距離の近さを感じます。 録音で何かこだわったことは?

「普段のソプラノ歌手としての活動ではお客さまの前で歌うことが前提なので、実はスタジオ録音は初めてでした。 相手の息を感じたいのに、スタジオではミュージシャンがそれぞれ個室に入ってしまう。 ヘッドフォンからの音を聴きながら歌うのは、勝手が違って最初は戸惑いました。 演奏を再生してもらって、こんなふうに聴こえるならもっとマイクから離れた方がいいかな、とその場で試しながらいい音を見つけていきました」

歌い手として、等身大で。

花さんの初舞台は4歳のとき。 お父さまの伴奏で、「となりのトトロ」の曲「さんぽ」を歌ったそうだ。 その後ピアノや、踊ることが好きでバレエも習ったが、やはり歌の道に進みたいと本格的に歌と向き合うことに。 しかしクラシック音楽の学びの世界は、我々が想像する以上に厳しいようだ。 話題は花さんの当時の思いへと広がった。

「日本で学んでいた10代、20代前半のころは、コンクールに入賞する、しないで順位がついてしまう殺伐とした、まるで戦争のようなところにいて、とにかく練習していい成績を取ることを考えていました。『自分が一番』と思わないといい歌が歌えない、『ソプラノ歌手』というプライドを持って歌わねばならない、と思っていました。 でも、そんなふうに歌っていると、不思議と批評するお客さんが集まるものなんですよ。 自分のなかにもどこか、嫌だな、しんどいなという気持ちがあったと思います。 だから声楽を学ぶ人の多くはヨーロッパに留学するのですが、私はあえてアメリカを選びました。 アメリカでは、もちろんコンクールはあるけれど、成績ではなく表現者としての自分が大切。 ストリートで歌っている人がプロレベルでうまかったり、歌の仕事でよく教会に行きましたが、教会で信仰心を持って歌っている人に出会ったりする。 歌との向き合い方ってこんなにいっぱいあるんだと新鮮でした。 自分の利益をいっさい求めずに歌っている人にたくさん出会えたんです。 今までの自分のモチベーションは違っていたのではないかと思わされました」

ー 日本を離れたことが大きなターニングポイントになったんですね。 変な言い方ですが、本当に行ってよかったですね。

「そうですね。 アメリカでの人との出会いはかけがえのないものでした。 いろんな人と出会って、自分も等身大で、自分にできる歌を歌おうという気持ちに切り替わりました。 だからといって練習しなくていいという意味ではなくて、前に進みながら、「今日どうだった?」と話しかけるくらい身近な、友達のような感覚で歌えるといいなと思っています」

ー となると、歌う人のことは「ボーカル」「シンガー」「歌手」などいろんな呼び方がありますが、花さんはご自分のことをなんと呼びたいですか?

「いい質問ですね。 そうですね・・・自分では『歌い手』と言いたいです。 自分のためではなく、聴いてくださる方と同じ場所で歌いたい。 クラシックを歌うときは『ソプラノ歌手』と名乗るし、CDでは『ボーカル』と表記しましたけど、自分の感覚としては、身近な感じがしてジャンルにもとらわれない『歌い手』がしっくりきます」

ー では歌い手・花さんとして、最後にアルバム「hana uta」の聴きどころを教えてください。

「とにかく空気のように聴けます」

ー あ、まさにそのとおりです!

「ほんとに、聴きながら寝てほしいくらいです(笑)。 曲やサウンドの一番ピュアなところをカタチにしたので、聴きやすさにつながっていると思います。 疲れたなと感じるとき、人は、自分のなかに痛みを抱えていたり、ぐっと何かを我慢したり食いしばったりして、その反動で疲れているんだと思うんです。 頑張っていらっしゃいますね、でも今はゆっくりしてくださいね、という気持ちを込めました。 最後に入っている『Smile』は、嫌なことがあるかもしれないけど、笑ったら前向きになれるよというメッセージのこもった曲です。 まさにそんなふうに、このアルバムを聴いて心をほぐして、さぁ明日からも笑っていこうか、と思ってもらえたら嬉しいです」

大森花 (おおもりはな)

ニューヨーク生まれ。兵庫県立西宮高等学校音楽科声楽専攻卒業。京都市立芸術大学音楽学部声楽専攻卒業。同大学院音楽研究科声楽専攻修士課程修了。日本国内様々なオペラや演奏会に出演。2016年に渡米し、ロンジー音楽院オペラ公演「ホフマン物語」アントニア役にてアメリカデビュー。その後、米国内ではボストンプロムナードオペラプロダクション「皇帝ティトの慈悲」セルヴィリア役、Virtuoso Summer Institute「ジュリオ・シーザー」クレオパトラ役、「ドンジョバンニ」エルヴィラ役、コネチカット歌劇場「カルメン」フラスキータ役、「ドン・カルロ」テバルド役、Opéra del West「サンドリヨン」サンドリヨン役カバー、精霊役など、様々な舞台に出演。

また、ボストン交響楽団タングルウッド・フェスティバル合唱団員としてアンドリス・ネルソンス、ジョン・ウィリアムズなど数々の著名な指揮者と共演。これまでに丸山有子、菅英三子、上野洋子、Robert Honeysucker、Donna Roll、安田紀子、各氏に師事。また子どもの音楽教育にも力を入れており、ダルクローズ・リトミックの研究も並行して取り組んでいる。

リトルボストン音楽教室代表。特定非営利法人、関西文化支援の森「ゆずりは」賛助会員、コネチカット州歌劇場ヤングアーティスト、ボストン交響楽団タングルウッド・フェスティバル合唱団員。アーリントンストリート教会専属歌手。
現在ボストンと関西を拠点に活動している。

Instagram
https://www.instagram.com/ohana.sop/?hl=en

「hana uta」WEBサイト
https://hanaomori.official.ec/