元祖「独断と偏見」~コレクター山村德太郎 / 道楽がつくった阪神間文化 ⑤
コレクターとは、その人にしか価値がわからない一風変わったものを集めているからそう呼ばれるわけで、誰もがよいと認めているものを集めていたって、どうということはないのだ、本来。
そういう意味で、同時代の美術(コンテンポラリー・アート、現代美術)を蒐集する人というのは、コレクターと呼ばれる可能性が高い。昨今は、現代美術のマーケットの勢いがよくて(よすぎて)、チャレンジングな傾向がずいぶん減っているとはいえ、やはりまだ誰にも評価されていない作家を独自に評価し、作品を画廊で直接購入するというのは、勇気がいる。
2019年に兵庫県立美術館(以下、「県美」と略す)で『集めた! 日本の前衛-山村德太郎の眼―山村コレクション展』が開催された。
山村德太郎は、アーティストではない。 1948年に西宮の山村製壜所(1914年創業)、55年に山村硝子㈱(現・日本山村硝子㈱)の社長となった実業家である。具体をはじめ、戦後日本の前衛美術と言われる現代美術を数多く集めたコレクターでもある。コレクションに当たっては、独断と偏見を重んじ、会社の金は一銭も使わず、機動性と即決性で勝負してきたという。また、母親が「自分の一族の名前のついた美術館よりも、公共の美術館をよくしなきゃいかん」ということを言ったと紹介している(山村の対談「現代美術とコレクション」による)。
その通り、没後、コレクションは164点一点も散逸することなく県美に移された。本人の遺志はもちろん、ご遺族にこのような現代美術に執着を持つ方がおられなかったのだろう。しかし、価値があるものだということは、わかっておられたのだろう。結果として、それはよかったと思う。1989年には県美から『山村コレクション全作品図録』が刊行された。永遠に続く墓碑のようなものだ。収められている「批評への意志―山村コレクションの形成と特質」(尾崎信一郎)には、先に紹介したエピソードのほか、山村の蒐集方針の何度かの軌道修正や、公共図書館をつくることを目的として蒐集を始めたという動機についてなど、興味深いエピソードが数多く紹介されている。
山村コレクションの中心をなすのは、具体美術協会(以下、「具体」と略す)の作品群だ。具体は、1954年に吉原治良が中心となって結成されたグループで、白黒の巨大な円環を精妙に描いた吉原、木枠に張ったクラフト紙を体で突き破って通り抜けてパフォーマンスの先駆けとも言われる村上三郎、天井から吊るした綱につかまって足で大量の絵具を延ばし塗りたくる白髪一雄、絵具を流し込むことでにょろんとした生命体のようなものを描き後年ユーモラスな絵本でも有名になった元永定正、絵具をガラス瓶に詰めて大砲でキャンバスに発射する嶋本昭三など、誰もやったことがないことをやるユニークな実験精神が第一に尊重される集団だった。
初めて具体の作品を観たのは、おそらく県美がまだ兵庫県立近代美術館という名前で、今の横尾忠則現代美術館にあった頃のことだと思う。ぼくが東京から神戸に戻ってきた1986年に、「具体-行為と絵画」展が開催されている。この展覧会は、副題の通り、具体のパフォーミングアーツとしての側面(主に初期)と、絵画作品とを並列することで、具体の全貌を見せようとするもので、今から見ても、非常に「正しい」企画だったと思う。正直言って、驚いたことを覚えている。東京のギャラリー等で、どちらかというとミニマルでクールな抽象作品を見慣れ、好んでいた目に、これらの抽象は熱く、暑苦しく、人間くさく思われた。同時に、この噴出するエネルギー量の膨大さに、圧倒されていたのだと思う。
山村は、1985年に自らのコレクションを総覧する一日限りの展覧会「山村コレクション一日研究会」を開催し、コレクションの全体像を把握し、方向性を確認する。「アブストラクト(=抽象)と人間くさい前衛のはざ間」と知られている蒐集ポリシーだ。しかし彼は、その翌年、がんのため急逝する。
今でこそ、白髪一雄の「高尾」という作品が1034万ドルで落札される(約11.4億円。2018年)など、具体メンバーの作品の価格が投機的に高騰しているが、山村の蒐集当時は桁がいくつか違っていただろう。生前山村は「もともと、右から左に売れるようなものは1点も買ってない」と誇らしげに語っているが、山村がコレクションしたからこそ、そして公共美術館に移されたからこそ、価格が高騰したともいえるだろう。
こういう次第で、鳴尾浜にある山村製壜所という会社は、ぼくの中では「山村コレクション」と分かちがたく結びついているのだが、今は現代美術と特に関係のある製品を扱っているわけではない。しかしながら、本当に美しいガラス壜をつくっておられる。最後にそのサイトを紹介しておこう。
㈱山村製壜所|商品案内
https://www.yamamura.co.jp/yamabin/product.html
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本サイトでタカギトオル氏が、2020年12月~2021年2月に開催された「開館50周年 今こそGUTAI 県美(ケンビ)の具体コレクション」について詳しく紹介しておられるので、ぜひご覧あれ。