「音談るつぼ」#2 ながのたかこさんと。
関西に移り住んで一番よかったのは、たくさんの魅力的な人と出会えること。私の場合、人とはたいてい音楽やライブを通して出会う。
『ながのたかこ』さんもそのひとり。初めてお会いしたのはセッションだった。
ミュージシャンが集まって演奏を楽しむ場、「セッション(session)」。関西ではジャズのほか、ロック、フュージョン、ファンク、シャンソン、歌謡曲、インプロ、ノージャンル、ボーカル限定、初心者限定などいろんなくくりのセッションが開催されている。さすが都会。音楽人口が多い。
私がよく出入りするのはジャズセッション。たかこさんはそこで歌っていた。ステージに立つ姿は、にこにこほがらかで可愛らしい人。でも歌い始めると印象は変わった。
聞いててとにかく気持ちがいいのだ。声が伸びやかでよく響き、輝かしい。生まれ持った声質のせいだろうか。いいや、それだけじゃない。声のピッチ(音程)が、実音よりわずかに高いからだと気づく。だから声がよく響き、バックの演奏をリードし、アンサンブル全体が気持ちよくサウンドする。
この人すごい。ねらってやっているのだろうか。もしねらってないなら、天才かも。もうお話ししてみたくてしょうがなくなり、セッションの終盤に声をかけた。
ブリリアントな声の秘密とは
「この秘密を見破られたのは初めてですよ(笑)」
「秘密」というわりにあっさり、たかこさんはあえてピッチは高めに、ねらって歌っていることを教えてくれた。
たかこさんによると、高めのピッチで歌うと、声がバックの演奏に埋もれることなく浮き立ってよく聞こえ、輝かしく響く効果があるそう。
これは声に限ったことではなく、たとえばクラシック音楽のオーケストラにおいても、ソリストがピッチを高めに演奏することが、ままあるという。ソリストによっては、曲の始まりではピッチをぴったり合わせておき、中盤、演奏がノってきたらバックより若干ピッチを高めにして、よりきらびやかな音でソロを取ることもあるとか。
そうするものだ、そうした方がいい、というわけではなく、一流の人はピッチによって音の響きが変わることも考慮、コントロールしながら、それぞれのやり方で演奏している、というお話です。
たかこさんの歌もまた、ピッチによる音の変化を繊細にコントロールしたものだった。ただし加減が大事。気づかない人の方が多いくらいの匙加減で、音程ど真ん中よりもわずかに高いところをねらう。
また、すべてをピッチ高めで歌うと「バカっぽくなる」そうで、だいたい五線譜真ん中の「ラ」を目安に、それより上の音はピッチ高め、下の音はピッチど真ん中と、歌いわけるそうだ。
となると、練習もかなりシビア。一番よくやる練習は、無音状態で、チューナーの針がわずかに右にふれる(ピッチが高いことを示す)よう、声を出すというもの。いい耳と絶対音感が必要だ。そんな神業というか職人技を身につける練習が、たかこさんの歌には欠かせないという。
できると思ったら、できる。
もともと歌の人ではなかった。
たかこさんは5歳からピアノを始め、アメリカの音楽大学に入学。在学中はピアノ科のほかに打楽器科でも学ぶ。帰国後も研鑽を積み、ピアニストとしてのみならず、マリンバ奏者、ティンパニ奏者としても活躍するなど、いろんな顔を持つ人だ。
すごいのは、複数の楽器において一流であること。音大時代、たかこさんは先生方からピアノかマリンバか、取り組む楽器を一つにしぼるように何度も言われたそうだ。でもどちらも辞めず、どちらも極めた。「できると思ったから」とたかこさんは言う。できると思ったたいていのことはでき、この世界で生きられると思ったら、生きられる。そういう人生を歩んできた。
私は素直なんです」とたかこさんは自分を分析する。一般的に人は、楽器を練習するのにモチベーションを必要としがち。好きじゃないと練習に向かわない。
でもたかこさんは素直だから、言われたら実行できる。レッスンを受け、練習しなさいと言われて練習し、また次のレッスンを受け、言われて練習し、ということを繰り返せる。
たかこさんが「できる」のは、そんな素直な努力の結果かもしれない(ご本人は「努力」と思ってなさそうだけど)。
または、たかこさんがいろんなことが「できる」のは、神様に与えられた使命だから、かもしれない。
こんなエピソードを聞いた。たかこさんは生後3ヶ月で歌(山本リンダのうっららーうっららー)を歌ったそうだ。お母さんが証人だ(ただしお母さんは初めての子育てだったので、驚くことなく赤ちゃんはこんなものなのだろうとスルーしたらしい)。
さらにたかこさんご自身、赤ちゃんのころの記憶があり、横になって寝ているだけがつらかった、ピアノを弾きたいとずっと思っていたという。「神様から、こういう人になりなさいよ、という使命を与えられているような気がする」とたかこさんは語る。
ぱっと見、甘く、歌はキリッと。
たかこさんが歌い始めて、今年で4年目になる。
ボーカルというポジションは不思議なもので、フロントに女性が立つだけで、なんだか場が華やかになるものだ。そんなお姫様ボーカルでいいと、歌い始めたころたかこさんは思っていたそうだ。しかし録音した自分の歌を聞いて反省。なんとかしなくてはと思い直す。
歌い始めて2年目は、めざせレパートリー拡大、ということで約400曲(!)さらった。3年目はテーマを決め、コール・ポーターやガーシュインなど、作曲者ごとに曲を練習した。
歌のレッスンには通わない。これまで数多くの音楽の現場に身を置き、楽器奏者や声楽家の姿を間近に見てきた。声楽の基礎練の仕方も知っている。積み上げてきたものを使って、練習は自分でやれる。
ただし、ここ3年ほど取り組んでいるジャズだけは、たかこさんも手を焼いているそうだ。「モーツァルトもきちんと弾けるし、ジャズも弾ける」といった、いつもの何でもできるスタイルが通用しない。ジャズは「まっさらにした状態で始めないといけない」音楽だと感じる。「クラシックを捨てるしかないかも」とまで言う。
だが、たかこさんがここまで歌やジャズと向き合う気になったことは、聞く側からすると朗報だ。
「寝屋川のブロッサム・ディアリー」なる異名を持つたかこさんがめざすのは、可愛く甘いけど、歌はキリッとしたボーカル。ディアリーが得意としたピアノの弾き語りにも力を入れたい。同時に、自分で作った曲を歌うことも続けていきたい。「今年はやりますよ」と言うたかこさんにはきっと、やり遂げる道筋や自分の姿がはっきり見えているのだろう。
できると思ったらできるのだ。
(取材 2021年1月)
▲ 近年は「古墳」にハマり中。あちこちの古墳に出かけたり、埴輪を作ったり、古墳研究家としてトークとジャズを組み合わせた活動も。
▲ 堺市の公式キャラクター「ハニワ部長」と。
ながのたかこ
岩手県盛岡市生まれ。 5歳からクラシックピアノをはじめウィスコンシン大学音楽学部ピアノ科に入学。 同時に打楽器、特にマリンバを専門に学ぶ。 コロラド大学大学院音楽学部を主席で修了、音楽修士。
2000年より関西に移住し演奏の幅を広げ、クラシック以外にもジャズや即興音楽、自身の作品、ピアニカ演奏、ピアノやマリンバでの弾き語りなどいろいろなジャンル、楽器、演奏形態での音楽活動を展開している。メキシコのマリンバ奏者セッフェリーノ・ナンダヤパより絶賛され「タカコ・ナンダヤパ」を名乗ることを許される。有名なマリンバ一家であるナンダヤパを継承する唯一の日本人演奏家である。
現在は古墳を奏でるアーティストとしても活動しており古墳研究家としてのトークとジャズを組み合わせた活動もしている。
ブログ「日々ながのたかこ」
http://naganotakako.jugem.jp/
Twitter|ながのたかこ
https://twitter.com/takakomarimba
ながのたかこ今後の予定
※時短要請などの影響で、開催日時変更の可能性があります。最新情報はお店のwebサイトやたかこさんのブログでご確認ください。
⬛︎ 2021年2月23日(火・祝)
【ながのたかこと松岡徹】
場所:Live焼酎Bar 白ひげ(東大阪市荒本新町3-26)
時間:開演14時30分
料金:チャージ1500円(1ドリンク付)
⬛︎ 2021年4月17日(土)
【弥生トリオ (JAZZ)】
場所:Bar蓄音機(東大阪市下小阪5-6-5)
時間:開演19時30分
料金:詳細未定
⬛︎ 2021年4月25日(日)
【南部美人 (ユーミントリビュート)】
場所:くれは中島(大阪市淀川区十三東3-28-4)
時間:開演19時
料金:詳細未定